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 ●最終回 心身再生の鍵「GAP体験」のススメ


さて、本コラムは、今回が第5クールの最終回となる。
早いもので、2001年に開始し、ここまで5年間、毎月休むことなく
書き続けてきた。継続するというのは、起業家に求められる
重要な資質の一つである。ではどうすれば継続することができるのか?
そのカギは「GAP体験」にある。

 

日常と非日常のバランス
 1997年に私が始めた事業、アクティブラーニングも今年で10周年を迎えた。本当にあっという間の10年間であった。自分なりに、10年間、精一杯走り続けてきたわけだが、「なぜ、休まずに走り続けられるのですか? 羽根さんの充電方法って何ですか?」という質問を受けることがよくある。この質問に対して、笑いながら次のように答えることにしている。「ただ体を休めるよりも、良い充電方法を知っているんですよ」
 私は自分をワーカホリック(仕事中毒)であるとは思っていない。むしろ、時に仕事から離れることが重要だと考えている。日常的な縛りから解放され、非日常的な世界に足を踏み込んだ時、我々は強いエネルギーを得ることができるからだ。
 実際、私はこの10年間、自分の生活の中に「日常」と「非日常」のバランスを取ることを心がけてきた。このバランスが私を常にリフレッシュしてくれ、新たな挑戦に向かうエネルギーを与え続けてくれた。この充電法の上位概念は「GAP(ギャップ)体験」である。あなたが日常的にずっとパソコンの前で仕事をする人であれば、パソコンから離れて、電気すら全くない環境に身をおく時間を持つことをオススメする。あなたが営業など、対人的な仕事をしているのなら、時には人から離れて、たった一人になる時間を持つべきだ。その「GAP体験」があなたの脳をリフレッシュしてくれる。

生まれて初めてのサーフィン
 これまで何度もこのコラムの中でお話ししてきたが、人間の脳は「変化」を好む。周囲の環境に「変化」が起きると脳は反応し、「開脳(かいのう)」する。脳は環境の変化を重要視し、これに対応するために強いエネルギーを発する。これを「発力(はつりょく)」と呼ぶ。「変化」⇒「開脳」⇒「発力」の流れをつくることが、心身再生のカギなのだ。
 この4月、仕事でオーストラリアのゴールドコーストに行ってきた。指定の仕事時間まで空きができたので、せっかく海外に来ているのだからと「何か経験したことがないことをやってみよう!」と思い立ち、サーフィンをしみることにした。ゴールドコーストは世界中のサーファーが集まる波乗り天国だ。そんなサーファー憧れの地で、ど素人の私が生まれて初めてサーフィンにトライした。
 押し寄せる高波、たちまち白い波にのみ込まれる自分……。この「大変化」に、脳は面白いように「開脳」した。そしてなんと、30分後にはサーフボードの上に立てるようになった。へっぴり腰ではあるが、ボードの上に立ちあがって「波乗り」をした時の感動は大きかった。大いに「発力」した。肉体的には疲れているはずなのに、その後の仕事も大いにリフレッシュして挑むことができた。

GAPによる自己マネジメント
 休みの日に体を休めることは重要だ。しかし、心に栄養を与えることも同じぐらい重要だ。あなたがここ最近、疲れが取れないと感じているのなら、自分の生活に「変化」がなかったことが原因ではないか? 定期的な「GAP体験」がなければ、脳は確実に退化していく。ここ1、2年を振り返ってみよう。同じことをただただ繰り返してはいないだろうか? そのようなライフスタイルを送っていれば、確実に目に見えない「疲労」がたまっていく。
 時々、パソコンを再起動させる必要があるように、あなた自身にも「GAP体験」によるリフレッシュ効果が必要だ。特に、起業家としてこれから激務にのみ込まれようとしているアントレ読者にとって、「GAP体験」による自己マネジメントは必須といってよいかもしれない。

両立させるのがマネジメント
 日本人は、「仕事漬け」になることに対し、美徳のようなものを感じている。あいさつ代わりに「お忙しそうですねー」「いやー休みなしです」といった会話が当たり前のように交わされる。アメリカに住んでいた頃、つい、日本人モードで「週末も仕事だった」なんていう話をしてあきれられたことが何度もある。「なんでそんなに働くのだ? 仕事とプライベートを両立させるのはビジネスパーソンとして当然のマネジメント能力だ」と知り合いから指摘された時に、はっとした。確かに、欧米のビジネス界では、忙しい人ほど週末に「GAP体験」を行っている。この週末に庭を造った(花を植えたではない、自分で庭造りをやっているのだ)、先月休みを取って3週間トイレもないアルプスの山々を廻ってきた、などなど。目を輝かせながら自分の「GAP体験」を話す欧米のビジネスパーソンには「生きる力」を感じることができる。
 翻って我々日本のビジネスパーソンはどうか? 「今週末ですか? 昼まで寝て、午後は残った書類の山の整理ですよ」。その人の体は動いていても、心は死んでいるのかもしれない。

日本人が昔から行っていたGAP体験
 日本人は、自身の仕事、生活から離れ、意図的変化を自分に与えるという習慣を持たない。いや、正確には、現代日本人が持たなくなったというのが正しい。昔の日本人は持っていた。それもなんと、平安時代からずっとこの「GAP体験」を多くの人々が実際に行い続けていたというから驚きだ。
 和歌山県、奈良県、三重県をまたぐ山道が、2004年「紀伊半島の霊場と参詣道」として世界遺産に登録された。この地には複数の霊場がある。熊野三山、高野山などなど。これらの霊場とそれらをつなぐ参詣道がユネスコによって世界遺産として認められた。
 平安時代より、天皇、皇族、一般人そして修験道の行者などがこぞってこの地を目指し、この道を歩いてきた。生涯に、なんと28回もこの地を詣でた上皇もいたほどだ。何百、何千という人々が、列をなして山々を歩き続けるその姿は「蟻の熊野詣(ありのくまのもうで)」と呼ばれたほどに、多くの人々を惹きつけてきたのだ。
 なぜそれほど多くの人々を惹きつけてきたのか? その秘密を探るべく、今年、初めてこの世界遺産の道を歩いてみることにした。すべてをまともに歩けば、1カ月以上かかる。時間的な制約から、そのうちの一部分を歩いてみることにした。全工程の中でも最も険しいといわれる「奥駈け(おくがけ)」道を歩いてみた。この道は、修験道の行者らが切り開いたといわれる道で、道なき道を歩き続ける文字どおり、修行の道であった。山中にある電気もない山小屋に泊まり、尾根から尾根に渡り歩いていく。道中はまさに「GAP体験」に満ち溢れていた。
 その道で得た極めて興味深い体験の数々の紹介は第6クール以降に譲るとして、この道を歩くことで、私は自分のことを深く見つめ直すきっかけを与えられたような気がしたのだ。普段は口に出すのがはばかれる「人生とは?」「人類とは?」といった思考が、自然と頭の中に去来する。
 そして今、自分は東京のど真ん中でデジタル機器に囲まれながら仕事をしている。「奥駈け」のエネルギーは今なお、私を強烈に引っ張り続ける原動力となってくれている。
 あなたが起業家を目指すなら、これから、10年、20年と続くビジネスをつくり上げていかなければならない。継続の鍵は、自分の生活に定期的に「GAP体験」を組み込んでいくこと。
 天皇や公家や修験者がそうであったように、あなたもまた、自身の人生に見かけではない真の輝きを取り戻したいのではないだろうか。であれば簡単なことだ。この週末から、少しずつでもいい、あなたのライフスタイルに「GAP体験」を取り込んでいこう。

PROFILE
photo アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也
ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。


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