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現状を打破する「巧妙思考」
アクティブラーニングに「巧妙思考」という技術がある。なかなか解決できない堂々巡りの難問に直面した時、その現状を打破するための思考法である。それまでの考え方を思い切り反転させて、解決策を導くのだ。
例えば、お金がなくて起業できないという問題に直面したとする。普通に考えると、「どうやってお金を入手しようか」という方向で解決策を導き出そうとするだろう。しかし、この場合、「ないからつくろう」という、現状とは反対のベクトルで解決策を考えるため、そう簡単に問題は解決しない。そこで、現状を打破するためにあえて、「だったら、お金が無くても起業できる方法はないか?」と考えるのが「巧妙思考」である。
別名、「ふりこリバース」と呼ばれているこの思考法は、現状の打破に大きな効果をもたらすことがある。思考の方向性を「反転」させ、これまでにはなかった対策を考えようとするので、常識が覆され、大いなるブレークスルーが引き起こされる可能性が出てくるのだ。この思考法を身につけておくことで、通常では不可能と思われていることが可能になったり、もっといえば自分自身の可能性を大幅に広げることにもつながる。私自身もこの巧妙思考を使って、これまでに何度も大いなるブレークスルーを経験しているのだ。
起業には思った以上に莫大な費用かかる
起業前のことである。起業を決意し、さあ、事務所をかまえようという段になって、事務所設立にかかるスターティングコストの費用の高さに驚いた。我々は教育事業を行っている。そのため最低限の教室スペースを確保しなければならない。できればお客さんのことを考え、駅前など地の利の良い場所を確保したい。ある適当な物件を見つけ、料金を聞いて驚いた。敷金、初月の家賃、仲介業者に支払う手数料と、事務所スペースを持つ最低限のコストだけでも、1000万円近い費用を支払わなければならない。当時は株式会社を設立するのに1000万円の資本金が必要であった。このままだとオフィスにかかるコストだけのために、用意した資本金が右から左に流れて行くことになる。それでは開業後の運営資金が足りなくなる。それでも仕方がない。それが会社を設立するということなのだ、と考え、私はその適当な物件に支払いをしようとしていた。
当時、私はある著名なアメリカのベンチャーキャピタリストの指導を受けていた。ちなみにその方には、年間に出資を依頼される案件が1000件以上届く。そして、案件の中でこれぞと思える人、あるいは会社にのみ投資をし、その多くを株式公開に導き、手腕を高く評価されている人物であった。その方に私の業務計画を起業前にプレゼンする機会があり、気に入っていただいた。ラッキーなことに、私はそのベンチャーキャピタリストのチームスタッフに起業前から株式公開に向けた指導を受けていたのだ。そして、そのチームスタッフに、事務所スペースを持ちたいと相談を持ちかけた。が、即一刀両断された。
「それは甘い。確かに教室スペースは必要であろう。しかし、漠然と事務所が必要だと思っているから、とおり一辺倒の方法しか考えられないのではないか? 起業家ならお金をかけずに事務所を持つ方法を考えるべきだ。事業運営していくと、お金は必ず足りなくなる。あなたは日本の教育をどうしても変えたいという大きな志を持っている。だったら、それの志を物件のオーナーにぶつけて、敷金をゼロにしてもらうぐらいの気概がなければだめだ。交渉しなさい」
実際この話をされた時、少々あきれてしまった。
確かに私は日本の教育を変えたいと本気で思っていた。しかし、不動産屋さんを訪問して、「すみません、日本の教育を変えたいんで、敷金ゼロにしてもらえますか?」と言ったとしたら、ただのお笑い草である。それにもしも、それで敷金がゼロになれば映画である。ありえない。そんな方法で勝負しろと指導するのが、本当に優秀なベンチャーキャピタリストなのか? と、内心、腹を立てたほどだ。しかし、相手はこれまでに何度も株式公開を実現させてきたプロ中のプロだ。何か意味のあることをいっているに違いない。やりもしないでできませんというのも問題であると考え、素直にアドバイスに従うことにした。
信じて行動すれば奇跡は起こる
たくさんの知人に、ビルのオーナーさんを紹介してほしいとお願いして回った。そしてやっと、あるビルのオーナーさんに話をする機会を得た。自分の志を切々と述べた。自分がこれまで何をしてきたのか? これからどんなことをしたいのか? それが日本にとってどういう意味があることなのか?自分の思いを心の底から話をした。オーナーさんは30分後、ゆっくりとうなずいてくださった。「ご協力しましょう」。私自身が驚いた。
敷金ゼロ、家賃約半額を受け入れてくださったのである。スターティングで失うはずだった、資金の多くが手元に残ることになった。
このことが私の会社にとってどれだけ意味のあることだったかを知ったのは起業してずっと後のことであった。そもそも我々の教育サービスの内容がこれまでの日本にはない目新しいものであったために、起業後、お客さんを集めることは非常に難しかった。資金繰りがどんどん苦しくなる中、最初の手元資金である1000万円がほぼ残っていたおかげで、何とか、営業を続けることができた。その間に少しずつお客さんが口コミで増えはじめ、何とか会社の体制を整えることに成功した。もし、私が起業時に、他の多くの人たちと同じく事務所の「敷金」を支払っていたかと思うとぞっとする。今の私はないかもしれない。
常識が成長を妨げる。思考停止が成長停止を導く
私を指導してくれたベンチャーキャピタリストは、このことを知っていたのだ。彼らは数多くの会社立ち上げにかかわり、資金不足で失敗した例を幾度となく見てきたはずだ。ゆえに、そういったリスクを回避させるために、私にあのような話をしてくれたのだ。
私はこの体験を通じて極めて重要なことを学んだ。「常識が成長を妨げる」ということだ。私は敷金を支払うことが当然であると思っていた。だから、よもやそれを支払わない方法があるとは思ってもみなかったのだ。思えないから行動もしない。アクティブラーニングでいうところの「思考停止が成長停止を導く」という理論どおりである。人間は、当然であると考えることに対して、それ以上考えることをしない。しかし、実はそういう当たり前のことの中にこそ、大きなブレークスルーを引き起こす鍵が隠されている。
私はこの体験をした時、「なんとすばらしい話だろう、奇跡は起こるのだ!」と考えた。しかし、今にしてわかることがある。これは奇跡ではない。ある意味、必然的な結果であるといっていいかもしれない。実はそれ以降、何度もこの「奇跡」が起こったのだ。そして、今では、「奇跡」は起こすことができるという確信を持っている。
当たり前と思って行動しないことの恐ろしさを理解した私は、自分の「当然」をまず疑う習慣を持つことにした。その結果、これまでに多くの危機を乗り越えることができた。「奇跡」を導くことが可能になり、自分自身や自分のつくった事業は必ず発展させることができると確信するようになった。
しかし、そんな私にも落とし穴があった。「思考停止」は起こる。何をやっていても常識、当然と考える思考が自分の中に知らず知らずのうちにつくられていく。次号、私が新しい事務所に移ったことで経験した、さらなる「奇跡」のお話をしてみたい。
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アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也 |
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日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate
of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。
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