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 ●第1回 人類最強の武器 自己成長力


このコラムの連載もついに、第4クールに突入した。
おかげさまで、このコラムも読者の皆さんからの指示を受け、
人気コーナーとして定着しつつあるという。
連載4年目の第1回となる今回は、
このコラムの根本テーマである
「自己成長力」についてお話ししてみたい。

 

神様が人間に与えた最強の武器
 あなたが神様になったとしよう。自分でつくった動物を、この地球上で繁栄させたいとして、その動物にどんな「力」を与えるだろうか? 生き残っていくために、強い武器となる牙を与える? 確かに牙はその動物を助けてくれるだろう。牙で弱い動物を捕まえることができるし、敵を倒すこともできる。しかし、たとえどんなに鋭い牙を持っていても、その牙がいつまでも世の中で通用するわけではない。
 更新世(180万年前から1万年前まで)の後期、「スミロドン」という肉食獣がアメリカ大陸に登場した。「スミロ」はナイフ、「ドン」は歯を意味し、名前のとおり、24cmにも及ぶサーベルのような強力な犬歯を武器としていた。スミロドンの犬歯は、ステーキナイフのようにぎざぎざの形状をしており、象のような分厚い皮膚を有する大型動物をも刺し殺すことができた。その強力な武器を持ったスミロドンは、当時、北米大陸で最強の動物であったと考えられている。このように威勢をほこったスミロドンだが、およそ1万年前を境に急激に減少し、その後、絶滅してしまった。環境の変化がその原因であると考えられているが、何より、この動物にとって脅威となったのが、ほかならぬ「人類」の登場であった。
 この時期、ベーリング海峡を渡り、アジアから人類が渡ってきた。優れた「捕獲技術」を持つ人類が、このスミロドンを倒し、遂には絶滅に追いやったのではないかと考えられているのだ。鋭い牙も、鋭い爪も持っていなかった人類が、なぜスミロドンを絶滅に追いやることができたのか?
 アメリカに渡って来た最初の人類たちは、スミロドンを倒すことができなかった。その鋭い牙の前に、多くの人間が犠牲になったことであろう。しかし、人間には、スミロドンの牙を超える優れた武器があった。それは、「より良い方法を見つける技術」である。人類は、自らの生命を脅かすスミロドンに対し脅威を感じ、死に物狂いで様々な「知恵」を出していった。当時、すでにマンモスを捕獲できるだけの技法を持っていた人類は、試行錯誤を繰り返しながらも集団の力を利用し、スミロドンに打ち勝つ方法を見いだしていった。結果、スミロドンの鋭い牙を押さえ込む方法を考え出したのだ。
 何万年にもわたって威勢をほこってきた最強の動物が、身体能力のはるかに劣る人間に倒されてしまった。スミロドンを倒した我々の祖先が持っていたもの、それは「学ぶ力」である。スミロドンの牙は確かに優れた武器である。しかし、その武器はかたちを変えることはなかった。人間の「学ぶ力」は、日々かたちを変え続けることができる。今日、効果がなかったアイデアはすぐに別のかたちにつくり変えられる。翌日効果を出すことができたアイデアは、あさってにはさらに優れたアイデアへと洗練させられる。神様が我々に与えた最強の武器、それは常により良いものを見つけようとする力である。今なお、我々がこの地球上で繁栄を続けているのは、この「自己成長力」が人類に備わっていたからにほかならない。

自分で考えながら、ゴールを目指すロボット
 さて、話を現代に戻してみよう。今、人類は、その優れた「自己成長力」を駆使して、自分の分身となる「ロボット」をつくりあげるほどになってきた。人間と同じように考え、動きまわることができる人口知能を持ったロボットの開発に、現在、世界中の国々がしのぎを削っている。
 2004年3月、ロサンゼルスから北へ1時間の距離にあるモハベ砂漠で奇妙なカーレースが行われた。優勝賞金は1億円。砂漠の悪路を駆け抜ける過酷な競争レースに参加したのは、アメリカ中から集められた優秀な頭脳。といっても腕に覚えのあるカーレーサーではない。車に人間は乗っていなかった。遠隔操作でもない。砂漠の道無き道で、刻々と変化する状況を人口知能が判断、ゴールを目指すという、史上初めてのロボットによるカーレースだったのだ。
 レースには、アメリカ各地から有名大学の研究室や、民間企業の優秀な技術者が参加していた。主催者は、アメリカ国防総省。目的は、人間の代わりに戦場に送り込めるロボットの開発であった。さて、あなたがこのレースに参加するならば、ロボットにどんな機能を与えるであろうか? 過酷な砂漠の道を乗り越えていくために最も重要なものは何か? 強力なエンジン? 詳細な地図? いやいや、最も重要なもの、それこそが「自己成長力」なのだ。なぜか? たとえ、どんなに強力なエンジンを積んでいてもすべての障害を乗り越えられるエンジンなどというものはない。道なき道を走らなければならない砂漠という過酷な環境においては、時には、障害に体当たりしていくのではなく、回避する必要性もあるだろう。強力なエンジンにはその判断はできない。では、そういった判断をさせるために、詳細な地図をプログラミングしたらどうか? 詳細な地図があれば、その地図に従って正確にゴールにたどり着けるに違いない。実際には、この方法には限界がある。正確な地図を作成することが不可能なのだ。なぜか?「正解」を与えるというこの方法は、日々、環境が大きく「変化」していることが計算されていない。今日あった道が、明日は大雨でなくなっているかもしれない。ロボットに正確な解答のみを与えておくと、ロボットは杓子定規にそれに従ってしまい、現場での変化に対応できなくなってしまう。ロボットをつくる技術者たちは初期の段階では、正確なプログラミングをすることに力を入れていた。しかし、ほどなくそれが不可能であることに気づき始めた。ロボットに必要なのは、「正解」そのものではない。「正解」を導く力なのだ。「自己成長力」があれば、過酷な砂漠でも走り続けられる可能性が出てくる。「自己成長力」がなければ、障害によって前に進めなくなるのは時間の問題だ。

現状に満足することなく自己成長を望む資質
 独立、起業を目指すあなたにも同じことが言える。独立、起業を志すに当たって絶対に必要なものは、タフな体力でも、厳密な事業計画書でもない。人間の最強の武器である「自己成長力」だ。あなたがもし料理人として優れた技術を持っていたとしても、優れたコンサルタントとしての技能を身につけていたとしても、それらはスミロドンの牙にしかすぎない。今は強力な武器であっても、必ずその武器を打ち破るものが出てくるに違いない。多くの起業家が、鳴り物入りの技術で市場に登場し、そしてはかなくも消えていった。日本にも起業家を目指す人が増えてきた。大変、喜ばしいことである。しかし、いくらセミナーに出て、商品開発やマーケティングの優れた技法を学んでも、時間の経過とともにそれらの技法は意味をなさなくなっていく。あなた自身が優れた技法を考え出したとしてもそれらが武器として機能しなくなるのは時間の問題だ。それが良いものであればあるほど、その武器が効力を失うのは早い。誰かにマネをされるのか、誰かがもっと良い方法を見つけようという力学が働くからだ。何度も言うが、大切なのはそれらの技法そのものではない。それらの技法をたゆまず、生み出し続けていける「自己成長力」なのだ。常にもう一歩前に進もうというエンジンをあなたが持っていれば、あなたの独立、起業の準備は整ったということができる。優れた起業家に共通する資質をひとつだけ挙げるとしたら、それは「現状に満足しない力」だ。成功しても失敗しても彼らは常に昨日よりも今日をより良くするために、考え、行動する。自分の武器を持っている人も持っていない人も、今、あなたが手に入れるべき最強の武器、「自己成長力」についてもっと真剣に考えてみよう。あなたの今日は、昨日よりも一歩前に進んだであろうか?


PROFILE
photo アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也
日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。


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