バックナンバーへ次のページへ  

 ●第1回 自己成長を止める ベルコン・ワーカーの恐怖


忙しいから何もできないという人がいる。
本当に忙しいから何もできないのだろうか?
では世界的な活躍をしているビジネスパーソンらはすべて、
大忙しであるから何もできていないということになる。
いや、彼らは忙しくても難しい仕事をやりとげる。
何が違うのか? 違いは、「思考停止」を
してないというところにある。

 

忙しすぎるから何もできないという言い訳
 会社に着くなり、パソコンを立ち上げ、メールチェックをしてみた。なんと、昨日1日会社を休んだだけで65通ものメールが受信トレイに飛び込んできた。すべてに応対していたら1時間以上かかってしまう。最重要なものだけ選び出し、これらにのみ返事を書いて、残りは「時間がある時整理」のトレイに入れた。しかし、この整理トレイのメール数も増え続けている。すでに1000通を超えていることが少々気にかかる。メールチェックもそこそこに、戦略会議に出席した。昨日の夜遅く作ったプレゼン資料を一気に読み上げる。上司から次々に質問が押し寄せてきた。何とか質問に答えることはできたが、自分的には70点ぐらいだった。なんとかもう一度チャンスをもらえたからよかったが、準備不足は否めない。来週までにもっと説得力のある数字を準備しておかなければならない。午後になるとお得意さまのところに新人君を連れてあいさつに回った。ここはもうすぐ契約更新をむかえる。今、この会社に離れられては困る。ニコニコ笑顔であいさつを済ませ、今後の自社の方針を自信たっぷりに伝えた。きちんと伝わったかどうかはわからない。しかし、新人君にとっては良い経験であったに違いない。会社に帰ってくるなり、その日の報告を大急ぎでリポートにまとめた。相手方に送信するものと上司に見せる物の両方を作成しなければならない。両方の作成が終わった時、時間はすでに終電の時間だった。
 最寄駅で電車を降りて、深夜のコンビニに立ち寄る。雑誌コーナーでたまたま『アントレ』という雑誌を手にした。独立、起業の情報誌ということらしい。「起業か……」多少は興味が引かれる。起業成功者の話もなかなか面白かった。しかし、自分にも起業ができるとはちょっと思えない。なぜならこんなに忙しいからだ。こんなに忙しい状況では起業はおろか、自分の仕事の質を上げることも難しい。自分が悪いのではない。ただ、今の仕事が忙しすぎるのだ。


成長の機会を逸するベルコン・ワーカー
 アクティブラーニングではこういう人をベルコン・ワーカーと呼んでいる。ベルトコンベヤーのライン上で働く人という意味だ。ベルコン・ワーカーは仕事熱心だ。次々と流れてくる部品を一生懸命に組み立てる。自分がさぼれば、ライン上の次の人に迷惑がかかることを知っているので、決して手を休めることはない。
 来る日も来る日もベルコン・ワーカーは休むことなく働き続ける。真面目なベルコン・ワーカーは会社にとって、非常にありがたい存在だ。しかし、ベルコン・ワーカーは、そのけなげさとは裏腹に大きな問題を抱えている。それは、「思考停止」をしているということだ。「思考停止」とは文字通り、頭を使わない状態をさす。「いや、俺だって会社で頭ぐらいは使っている」という人、ベルコン・ワーカーは何も考えていないといっているのではない。
 ベルコン・ワーカーは手元に流れてくる仕事をどうこなすかについてのみ思考をフル回転させている。それゆえ、本来考えるべきことを考えなくなっている。どうすればもっとベルトコンベヤーの作業効率がよくなるのか、工場全体のあり方はどうあるべきか、そして自分自身の将来は?
 人間は、何のために考えるのか? それは、自分を成長させるためである。しかし、考えることをやめたベルコン・ワーカーは、「成長の機会」を逃してしまう。そこが一番の問題なのだ。
 ベルコン・ワーカーはどんな業種の会社にも発生しうる。しかも大量発生するのだ。一つの会社の社員全員がベルコン・ワーカーであるという会社すらある。そして何より恐ろしいのは、ベルコン・ワーカーには自覚症状がないということ。当の本人が「思考停止」に陥っていることに、全く気づいていないのだ。


ベルコンを脱出するには視点移動がカギとなる
 では、どうすればベルコン思考から抜け出すことができるのか? 最も単純かつ効果的な方法はベルトコンベヤーのラインから降りることである。
 私がアメリカにいた時、いっしょに生活をしたアメリカ人がいる。名をダッドリーという。同じ家や大きめの部屋を借りて、共同使用する「ルームシェアリング」という居住方法がある。アメリカの大学がある町では、とても人気のある生活スタイルだ。私もハーバード大学で教えるためにボストンに移り住んだ時、初めてルームシェアリングを経験した。その相手がダッドリーだった。彼はなかなか面白い青年で、「ちょっと人生について考えてみたいので会社を辞めようと思っている」と言う。日本ではこんなことを言う人に出会ったことがない。これまでしっかり働いてきたので、最低1年はいっさい仕事をしないのだという。読みたかった本を読んだり、好きな音楽を聴いたり、友達と遊んだりしながら、これまでの人生と、これからの人生を考えるのだという。
 毎日、ハーバード大学での激務にたえていかなければならない私としては、これから1年間もそんな生活ができるダッドリーがうらやましかった。そこである日、そんな彼に、実際、仕事を辞めてどうなのか聞いてみた。意外にそろそろ変化のない生活にあき、仕事に戻りたいと思っているんじゃないかと、ちょっと意地悪に聞いてみた。
「いや、今、仕事に戻りたいとは思わない。実際、辞めてよかったとすら思っている。何より、満足しているのは、自分の『視点』が変わったことだ。見えなかったものが見えるようになってきた。また気づかなかったことに気づけるようになってきた。僕は会社に勤務していた時、営業の仕事をしていた。その時は、どうやって商品を売るか、そのことばかり考えていた。しかし今、会社を辞めて、はじめて本当の消費者の気持ちがわかったような気がする。今はお金がなくならないように本気で買い物しているからね(笑)。いかによい物を買うか、そればかり考えている。以前とは全く別視点で商品を見ているんだよ。今なら、もっとうまく商品が売れそうな気がする」
 ベルコン思考から抜け出すカギは、「視点移動」を行うということだ。毎日毎日同じことを繰り返している人は、思考停止している可能性が強い。まず、そこから抜け出してみてはどうだろう? ダッドリーのように会社を辞めるというのも方法だ。もちろん、会社を辞めることが唯一最善の方法であるというわけではない。家族がある人ならそう簡単に収入源をたち切ることはできないだろう。しかし、会社を辞めなくても「視点移動」を引き起こせる方法はいくつもある。欧米の企業で活躍しているビジネスパーソンには多趣味の人が多い。それは彼らが複数の趣味を持つことで、より多くの視点を持つことができることを知っているからだ。世界的に有名なある経済学者は、週末にはどんなに忙しくても必ず山に登るという。それが彼にとっては極めて意味のある習慣なのだそうだ。それが彼にとっては何よりも重要なことなのだ。仕事とかけ離れた何かを持つこと。これがあなたの思考を回転させる助けとなる。
 趣味といってもこれといったものはないという人は、とりあえず、普段したことがないことをすればいい。最近、海や山に行っただろうか? 都会に住み働き、自然とかけ離れた生活をしているという人はぜひ足を運んでみよう。波の音を聞きながら、海水に手足をつけてみれば、見えなかったものが見えてくるかもしれない。
 独立、起業を目指しているが、忙しくて何の準備もできないと悩んでいる皆さん。まずは自分の視点を変えてみる行動をとってみよう。視点が変わる時、あなたの頭は回転を始める。そしてベルトコンベヤーから離れるべきなのか、ベルトコンベヤーを作り変えていくべきなのか、見えなかったものが見えてくるはずだ。

PROFILE
photo アクテイブラーニングスクール代表
羽根拓也
日本で塾・予備校の講師を務めた後、1991年渡米。ペンシルバニア大学、ハーバード大学等で語学専任講師として活躍。独自の教授法はアメリカで高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上にわたる教育活動の集大成として、97年、東京・神田に「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得ている。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などより指導依頼がたえない。


バックナンバーへ次のページへ