途上国の人たちが自立できる道を。ジュートバッグに思いをつめて新しいフェアトレードで奮闘中!
大学在学中に、米国ワシントンのラテンアメリカ系の世界銀行でインターンシップを経験した山口絵理子さん。
「途上国の力になりたいと思い応募しましたが、スタッフは巨額の資金ばかりを見て1ドルの価値を忘れていました。たとえ小額のお金であっても、途上国の人たちにとっては大変な金額。世界で最もGDPの低いバングラデシュへ行って、自分の目で途上国の状況を確かめようと思いました」
彼女は、日本に戻るとすぐにバングラデシュへの渡航準備を始めた。
バングラデシュで彼女が目にしたのは、想像を絶する貧困の光景。栄養不足でやせ細った子供たちが周りに群がって金を無心するさまや、障害者たちが観光客の後を追う姿、栄養失調でおなかが膨れた子供。それらに、言葉にならないショックを受けたのだった。
「すごいところに来てしまった……という気持ちでしたが、同時に、私に何ができるのかということを、猛烈に考えるきっかけとなりました」
旅の途中だったが、バングラデシュの大学院に入学して、途上国のことを学ぼうと決意。急きょ入学試験を受け、大学院に合格した。彼女は、反対する両親を説き伏せて、大学卒業後、すぐにバングラデシュへと旅立った。
バングラデシュの生活で、山口さんは様々なことを経験する。大勢の犠牲者を出した洪水や、毎月起こるストライキや政治汚職による混乱。さすがの彼女も最初は慣れることができず、家に閉じこもる時期もあったという。
その頃、現地で行われた中小企業フェスティバルに参加。多くの出展物から、ジュート(麻)バッグと出合う。
「そこでバングラデシュのジュート生産量は、世界の90%を占めると知りました。ジュートは環境にやさしく耐久性や強度にも優れている。素晴らしい資源があることを知って高揚しました。これが、この国の人の生活を助けるきっかけにならないかと考えたんです」
ジュートは世界の大企業が安く買い占めてしまうのが現状で、適正価格での取引が行われていない。フェアトレードをうたう人たちは、製法もままならないボロボロの商品を販売していた。
「何のためのフェアトレードなのかと。このままでは長く継続できないと思ったんです。私は、本当のフェアトレードを自分で行う決心をしたのです」
自分が持ちたいと思えるバッグをつくり日本へ輸出したい! まずは、質の高いバッグをつくってもらうための工場探しから始めた。自分でデザイン画をかき、工場を調べて一軒一軒訪ねて回った。しかし、最低ロット500個以上と言われたり、子供と仕事はできないと門前払いを食うなど、話も聞いてもらえない。相手にしてもらえた工場ではサンプル代をだまし取られ、つらい日々が続いた。それでも奮起できたのは、現地の人たちの生活を改善したい、役立つことをしたいという強い思いからだった。そんな中、やっと思いを理解してくれる工場主が現れた。手持ち資金の中で160個のバッグ製作を約束してくれたのだ。しかし、それで安心してはいられなかった。
「今まで数をこなすことが重要とされてきた工員たちに、丁寧につくることを教えるのは大変。ラクな作業に移ってしまうんです。私は、少しでも気持ちよく作業してもらうために、工場にラジカセを持ち込んでBGMを流しながら仕事をしたり、おやつを配ったり、作業を手伝ったりしました。すると徐々に工員たちとの信頼関係を築くことができ、完成度の高いバッグづくりに協力してくれるようになりました」
バングラデシュの街は人が多く、いつも喧騒であふれている。街の一員として受け入れられるまでには、かなりの労力を要した
大学院卒業と同時に、160個のバッグを持って帰国した山口さん。長くこの仕事を続ける決意として、法人化を決めた。賛同者を募り2006年3月に株式会社マザーハウスを設立。HPを制作して、バッグの通信販売を開始した。以前からバッグ製作の様子をブログで発信していたため、全国から山口さんの取り組みを応援する人たちが、早速バッグを注文してくれた。
「資金ができたので、新たに650個のバッグを注文しました。工場主から『まさか戻ってくるとは思わなかった』って言われましたが、再度発注できたことは私の自信にもなりました」
HPだけでなく、成田・羽田空港の売店、都庁の売店など販売先も順調に増えている。
「今度は日本でサンプルをつくって、現地でそれを参考に新商品をつくります。私もバッグ製作のスクールに通って本格的に勉強を始めました」
彼女はバッグづくりだけでなく、ジュートを使ったインテリア用品やサンダルなども取り扱いたいと考えている。
「2、3年のうちに、カンボジアのシルクやネパールの織物など、それぞれの途上国のいいものをフェアトレードしたいと思っています。でも、同情で商品を買ってもらうのではなく、商品として魅力あるものをつくって買ってもらうことを目標に、これからも多くのものを世の中に送り出します!」
所在地 | :さいたま市大宮区 |
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開業年月 | :2006年3月 |
資本金 | :250万円 |
売上高 | :初年度のため実績なし |
従業員数 | :3名(ボードメンバー10名) |