笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第39回(最終回) これまでも、これからも迂闊な男


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イラスト / 本田佳世

今私が書いているのは言うまでもなく「おとぼけ起業家列伝」であって、ドラマの脚本ではない。ほんと良かった。脚本だったら今頃は41度5分以上の高熱に苦しんでいるところだろう。ドラマの最終回ほど書くのが難しい文章はないからね。って、書いたことないからよく知らないが。あ、そうそう、この原稿が「おとぼけ〜」の最終回である。

こうして最後の執筆に取りかかってみると、こんな他愛もないコラムですら、ああだこうだと思い悩むものだ。とてもじゃないが、整合性と意外性を兼ね備え、感動を喚起し、長く視聴者の記憶にとどめおく脚本など私には書けんね。つーか、そもそも物語を創作する才能が私にはない。というわけで、「おとぼけ起業家列伝」、最終回もとことんノンフィクションでいかせていただきます!

と、元気良く書き出したのはいいが、私は何かと図々しい半面、妙に人に気を使うところがある。最後に誰のことを書いたらいいのか。そう考えるだけで苦しくなってくる。「こんなコラムで笑い物にされるのはまっぴらごめん」とか言いながら、「最終回は自分のことを書いてほしいなあ」と内心で思っていそうな起業家たちの顔が走馬灯のように脳裏を駆けめぐるからでR。もっとも走馬灯なんて見たことないけど。

とにかく、あの人のことを書いたらこの人がすねるだろうとか、そんな感じで実は何時間も悩んでいる。小さいな、私。でも本当にすねそうな連中の顔が浮かぶしなあ。

やや熟慮の末、最終回の主人公は私自身にした。まさに捨て身技。これなら文句も出ないし、「人のことばっかり言って自分はどうなの?」という批判もかわせるし、それに今まで頑張ってコラムを書き続けた自分へのご褒美にもなるしね(笑)。

前例にしたがって主人公をノリちゃんと呼ぼう。とにかく迂闊(うかつ)な男である。何しろ初めて覚えた五字熟語が「注意力散漫」(小学校2年生の時の担任の中野先生から教わった)なのだから、その迂闊ぶりたるやピカピカの筋金入りである。

とはいえクソ真面目な一面もある。高校時代の話。好意を抱いてくれた女子をからかって傷つけたことを反省した彼は、「自らの根性をたたき直す!」ため、「何でもいいから苦しいことをやる」と決めた。今となってはなぜそれだったのかまるで思い出せないが、とにかく彼は登山がいいと考えた。確かにこれは厳しいお仕置きである。

実際厳しかった。肉体的苦痛はもちろん、転落死や凍死の恐怖もある。何より山の大きさは人間の小ささをあげつらってくる。それが恐ろしい。だが、小さな人間は大きな自然に挑むことで鍛えられる生き物である。頑張れば沢の水はうまく、木々は美しく、空は近く、下界は優しく横たわる。いい事はそれだけではなかった。とある山の頂上に同時に到達した他校の女子生徒と彼は……、恋に落ちた。ヒューヒュー!

って、違うだろ! 自らに罰を与えるための登山じゃないの!? 本来の目的を見事に忘れて青春の各種感動に包まれている自分に気づいた時のノリちゃんの落胆ぶりは、けっこう激しいものがあった。早く気付けば軽傷だが、間違いに気づくのが超人的に遅いせいで、気づいた時のショックも超人的に大きくなるというシステムだ。

迂闊といえば、通常は「やっちまったが、すぐそのミスに気づく、ないしは気づかされる」ものだ。だがこの男の場合、物語になるほどの長さと濃さを誇るのである。自信に満ちあふれて間違った道を堂々と突き進むのだ。まあそういう意味では脚本など書けなくてもいいのかもしれない。脚本なしで喜劇を演じられるわけだから。これはある種の才能かもしれないぞ。って、また何か迂闊なことを書いている気がする。

いずれにせよ、ノリちゃんの人生はかくのごとき迂闊の連続である。うっかり起業してしまったのに23年間も会社経営をやめないし、ついつい『アントレ』にかかわっただけで十数年も起業支援にのめりこんでいる……。この行動からいったい彼はいつ目を覚ますのだろう。目を覚まさないまま生涯を終えるような気がしなくもない。が、それはそれで結構な話だ。仮に目覚めたところで、また別の迂闊な判断にもとづく物語を延々と演じるだけだから。彼の人生に正解はなし。なら、このままでいい。

間違わないことより、間違いながら学び、ふと後ろを振り返れば、そこにそれなりの道ができていた。人生はそんな感じがいい頃合いかもしれない。

変化の時代の中で、「笑いと気づきの人間讃歌」を提供し続けられたことに、大きな喜びとほんのちょっとの誇りを感じつつ、筆を置かせていただきます。多謝。

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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