笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第38回 猟奇的発言を繰り返す女


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イラスト / 本田佳世

私は経済産業省が実施する「起業支援ネットワークNICe(ナイス)」のチーフプロデューサーを務めている。この活動の推進のため、各地の支援機関などを訪ねて説明と協力要請を行っているが、時には立場の違いのせいで、相手と私の間にギクシャクした空気が流れることもある。だから私はできる限り訪問先の担当者と知り合いの起業家に同行してもらうように心がけている。少なくともこれで「つかみ」は相当ラクになる。もっともこの方法がいつも成功するわけではない。

同行してもらう人物の選択を間違えれば、むしろ逆効果にすらなる。実際、見事な逆効果を生み出してくれた人がいた。ナオミだ。東京近郊のとある機関を訪問する際、「そこの担当者とは親友も同然」という彼女の豪語を信用して誘った私がいけなかったのだが。

約束の時間に来ない程度ならまだ許せるが、訪問時間をすぎてから「今、オフィスを出るとこで〜す」と平気で電話をしてくるのだからひどい。都心にある彼女のオフィスから現地までの移動時間を考えれば、彼女が到着する頃には話が終わっているはず。だったらいっそ来ないでもらいたいと思った。思ったというより強く祈った。

イヤな予感ほど的中する。祈りもむなしくナオミは話が終わりかけた頃に「すみませ〜ん」と言いながら、すまないと思う気持ちのかけらも感じさせない朗らかな表情で会議室に駆け込んできた。今さら先方と私が何を話したか説明する気にもならない。

だから放置しておこうと思った。でも放置時間は結局のところ15秒程度で終了した。コートを脱いでそそくさと席に着いたナオミがいきなり勝手にしゃべり始めたのだ。

「だいたいのことは聞かれたと思いますので結論を言いますと、NICeに登録した起業家や起業予定者は増田さんと知り合えるわけです。増田さんと知り合いになれば『アントレ』の記事に載せてもらえます。これってすごいメリットです」

違う! そんな公私混同の結論があるものか! というか、百歩譲ってその結論が正しかったとしても(百歩譲っても正しくないけど)、おまえが結論を言う立場じゃないだろ! 心の底から私はあきれた。でもまあ、彼女の説明を聞いていた担当者(ナオミの言い分だと親友)が呆然としてくれたことは救いだった。もしも「なるほどですねえ」などと相槌を打たれたら、私はこの国で生きていく気力を失ったと思う。

思えばこの人は昔からそうだった。起業家イベントのパネルディスカッションに遅刻し、司会者が「皆さま、大変申し訳ございません。開始までもう少々お待ちください」というアナウンスを何度も繰り返しているさなかに何食わぬ顔で現れ、いきなりマイクをつかんで「今日はバタバタしちゃって〜。さ、始めようね」と切り出すやいなや、司会者を無視してそのまま延々何かをしゃべっていたこともあった。

また別のイベントで私が「これからは小規模起業家の時代です」とスピーチをしたら、その直後に飛び込んできたナオミが、「もう小規模起業家の時代は終わりました」とニコニコしながら話して、会場中を凍りつかせてしまうという一件もあった。この時もちゃんと集合時間に来て、私の話を聞いていればこんな矛盾は起きなかったろう。

ナオミの罪状は十分にそろっていた。それなのに、私はなぜ彼女に同行を頼んでしまったのだろう? そうだ、思い出した。確かにナオミは時間の概念と発言の概念がぶっこわれているが、それを補って余りある力の持ち主だったからだ。この人の「時代の流れを察知する嗅覚」は、なみいる起業家の中でも一、二を争うレベルなのだ。

女性起業家にまだ光が当たらない時代から彼女は女性の起業を応援していた。地方の活性化が叫ばれる前から彼女は地方を飛び回っていた。農業なんて誰も見向きもしない頃から彼女は農業の大切さを訴えていた。ナオミが「いいと思うもの」は、やがて必ず時代の中心に達してくる。そんな彼女が「NICeっていいよね」とほめてくれたのだ。言葉だけではない。事実、ナオミは誰よりもうまく、しかも頻繁にNICeを活用してくれた。これを見て私は自信を得たのだった。

誰でも新しいことを始める時は不安になる。私もNICeに取り組んだ当初は、眠れない日々が続いた。だから私に自信を与えてくれた彼女に深く感謝していたのだ。その感謝の気持ちが高ぶりすぎて、ナオミが時間と発言に難のある人だということをうっかり忘れてしまった。それが彼女に同行を頼んだ理由だ。私の場合、記憶に難がある。

次回は2009年4月17日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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