仕事柄、講演をさせていただく機会がよくある。たいていは経済情勢や企業経営、起業準備などについてしゃべっている。
しかし年に1回程度の割合で、「増田さん自身のことを語ってほしい」というオーダーをいただく。もっとも最近はお断りしている。しゃべったことが不特定多数に向けて流出してしまうからだ。ブログやメルマガが当たり前の昨今では、誰もが記者さんであり、個人的なことは話しにくい。実際、「書くな」と言ったのに、書かれてしまったこともある。
数年前、「増田紀彦を語る!」という大きな講演会を催していただいた。せっかくなので、自分の人生の汚点を隠さず話すことにした。転ばぬ先の杖となり、あるいは人生逆転のヒントになればと思ったからだ。
ただし、「録音も講演内容の公開も禁止」という条件を徹底した。チラシにも書いたし、当日、司会者にも念を押してもらった。なのに書かれた。あるメルマガに、私の告白が妙に躍動感あふれる文章で紹介されていたのだ。くっそー、やっぱり書いたか、あの女……。「アイツは書くかもしれない」とマークはしていたのだ。だから講演後、個別に「今日の話は内緒だよ」と釘を刺しておいたのだ。にもかかわらず、やられた。
講演翌日のメルマガには、「増田さんのお話についていっぱい書きたいことがあるのだけど、今回は完全オフレコセミナーなので、口チャックです」と書いて私を安心させておいて、その翌日のメルマガで「増田さんのお話しの中で、『これは書いてもいいだろう』と思うところをちょこっと紹介しますね」と前置きして、私が恥をしのんでしゃべったことを、結局はたっぷりと書きまくったのである。ああ、私が甘かった。
だが怒りはなかった。約束が破られたことより、「ガマンできなくなってしまった」という感じが憎めなかったからだ。何だかんだ言っても私は彼女の文才にほれているし、その希有な発信力を心底尊敬している。ちなみに何を書かれたかは内緒。
さて、彼女はみんなから「ターミー先生」と呼ばれている。沖縄県内でセミナー講師を務めるご縁で、地元の生徒さんたちが「たみ」を沖縄風に「ターミー」と呼ぶのだ。ついでに言うと、夏川りみさんは「リーミー」となる。そういうルールがある。
とにかく、ターミー先生の講座は評判がいい。「最初は厳しい人だと思ったけど、それは先生の思いの深さだってわかるし、表面的なことで済まさず、なぜできないかを徹底的に掘り下げてくる。何だか生き方が問われている感じなんですよね。実際、自分のことをすごくまじめに考えようになりましたから」とは、ある受講生の評。
まさにそれだ! 彼女はたいがいの人が越えない一線を越えて、他人とコミュニケーションができる人なのだ。しかも、深く入り込みながらも相手を傷つけない特異な能力の持ち主である。いや、待てよ。特異な能力じゃないな。人に深くかかわりながら人を傷つけない。それはもしかして、「愛」ってやつかもしれない。そうだ。彼女は愛が強い人なのだ。ちなみに沖縄では「愛」のことを「あーいー」と……、言わない。
実は「書かないと言ったくせに書きまくった」メルマガの文章も、よく読んでみると、危ない内容はすべて見事に寸止めされていた。そういうわけで当初は「憎めないやつ」と笑っていた私だったが、読み返すうちに「この人はすごい」と、またまた尊敬の念を深めてしまったのだ。いや、尊敬というより敬愛の念に近いかもしれない。
そうそう、すいぶん前にターミー先生のご自宅にお邪魔して取材をさせてもらったことがある。今ではすっかり生意気になられたふたりのお嬢様が、まだクソガキでいらした頃だ。取材中、その姉妹からキックは浴びせられるわ、髪の毛は引っ張られるわ、得体の知れない遊びは強要されるわ、その遊びにおいてこれまた得体の知れないセリフを言えと強要されるわで、心神耗弱状態になったものである。で、帰り際、ターミー先生は私に「今日は娘たちがすみませんでした」と言うのかと思ったら、「増田さん、子どもと遊ぶのが上手ね」だと……。この親にしてこの娘たちありと合点した。
でも、たぶんそれは本当なのだ。私は子どもを相手にするのが苦ではないし、好きなほうかもしれない。月並みな謝罪の言葉ではなく、相手の能力をスパッと評価する一言。やっぱ彼女は先生なんだなあ。先生とは、踏み込む愛を持つ人のことである。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。