知り合いの多さには我ながら感心する。しかもその人々の大半が個性極まりない連中であるからして、こんな連載が可能なのだが、今回の登場人物はこれまでにも増して個性的である。何たって「漁師起業家」だもん。
マサヤンと出会ったのは沖縄県で開催されたシンポジウムの会場だった。彼と私はパネリストとしてそこに呼ばれていた。「好きな場所で暮らし、好きな仕事をする」といった趣旨の集まりだった。パネリストにはニュージーランドと日本を往復する人、横浜と沖縄の両方にオフィスを持つ人、東京にいながら故郷の活性化に携わる人などがいた。ちなみに私はどんな人だと思う?「仕事場に頻繁に寝泊まりしている人」だ。まあ、好きな場所ではあるし、暮らしているのも同然ではあるが、ちょっとねえ。要するにお笑い要員だ。
さて、マサヤンである。彼は私とは正反対の超かっこいい理由でその場に招かれていた。東京で生まれたのに、どうしても漁師になりたくて、徒歩で北海道の漁港という漁港を訪ね、ついに十勝のとある港で網元に「ウン」と言わせ、本当に漁師になってしまったという強者である。――というふうに事前に聞かされていたのに、私の目の前にいる男は、アイドルかと見まがうような色白の美男子だった。ホントに漁師?
漁師というのはパンチパーマにねじり鉢巻き、赤銅色の顔と腕、無精ヒゲにくわえタバコ、金のネックレスに金の腕時計。そういういでたちであるはずだ、というか、あるべきだ、というか、あるんじゃないの?と思うんだけどなあ……。
実は彼と出会った3月は、北海道はまだ真冬で漁に出られないのだそうだ。12月から出漁していないので、日焼けしていた顔も真っ白になる。なるほど。私はあれだけ魚を食べているくせに、てんで漁業のことがわかっていなかった。自分を恥じた。
彼のシンポジウムでの訴えはすさまじかった。本当に命懸け(心理的な意味合いではなく、物理的な意味合いにおいて)の仕事をしている漁師の収入は低く、川下に行けば行くほど儲けが多くなる水産物流通の矛盾を、マサヤンは目に涙を浮かべて指摘した。ただの文句ではない。その現状を打破するため、彼は自分で獲った魚を自分で食品に加工し、自分で開いたネットショップで販売していた。「こうすれば漁師も報われるのだ」という道筋を実践で示していた。恐るべき色白な漁師である。
私はとにかく感動しまくった。シンポジウムが終わってからも何日か彼と沖縄で過ごし、漁業のこと、都市のこと、北海道のこと、日本のことなどを語り明かした。
ここまでだと「全然おとぼけじゃない」よね。確かに彼は、私の友人の中でも1、2位を争うマジメな男だ。このマジメという意味をもう少し説明すると、礼儀正しく、思いは熱く、ということになる。「ますますいい男じゃないか」ということになる。
だが、想像してほしい。熱い思いをたぎらせた男が、礼儀正しく何かを言ってくるシーンを。こんな男に何か頼まれてごらんなさいよ、絶対に断れないから。
私はそんなマサヤンの態度を「低飛車」と呼んでいる。上から押し付けてくるのではなく、時には満面の笑みをたたえて、また時には「これ以上申し訳ないことはない」と言わんばかりの申し訳なさそうな顔で、下から下から、強引な要求をしてくるのだ。しかもその要求には完璧な大義名分がある。地方の活性化のために、1次産業の発展のために、ひいては我が国の将来のために……「ギャラはお支払いできないんですけど、北海道まで来て話していただけませんか」っていうわけだ。「ギャラなんていらないよ。喜んでお伺いしまっせえ」と言うしかないよね。
気がつけば、彼が町おこしのために設立したNPO法人の応援団長に私は就任していた。聞いてないし(笑)。また別の用事で呼ばれて北海道に行った時は、「お食事を用意しました〜」と言うから「珍しく気がきくな」と思ったら、弁当を私に手渡し、目的地まで移動する農業用トラックの中で食えと言う。親切なんだか野蛮なんだかよくわからん。たぶん親切であり野蛮でもあるのだろう。あ、そこだ、ポイントは!
私をはじめ、都会の人間は彼と真逆なのだ。少なくとも私は人に不親切であり、すっかり野性味を失っている。私にない大事なものをすべて持つ彼。だから私は彼が大好きなのだ。だから私は、彼が言ってくる無理難題を心待ちにしているのだ。
漁師に始まり、NPO法人理事長となった彼が、今度は会社を設立した。食糧自給率1000%を誇る十勝地方の真の魅力を売り出すために。私でよければいくらでもお手伝いします。低飛車な態度で要求されずとも、私の彼への答えは決まっている。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。