笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

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第31回 通知表に見放された男


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イラスト / 本田佳世

私が小学生だった頃の成績通知は5段階評価だった。全教科が優秀だと「オール5」、反対に何をやらせてもダメなら「オール1」になる。でも本当に「オール5」や「オール1」なんて人はいたのか?

「オール」は希有にしても、4や5が多い人と、1や2が多い人と比較したら、トータルはかなりの差になる。一方は褒められ、一方は叱られる。「だから最近は5段階評価じゃなくて、3段階評価なんです」と言った人がいたが、私の考えはむしろその逆だ。大半の教科が1や2(最近では「C」)でも、ひとつだけ8や10にしてもらえるなら、そのほうがいい。トータルでも逆転可能だ。要するに評価値に上限があることが私は気に入らないのだ。

もっとも相対評価をやめて絶対評価にしない限り、私の言っていることは実現しないし、絶対評価をしようとしたら、同じ出題に対する正答率で評価を決める「テスト」という方法論も使えなくなってしまう。これはこれで大変である。現実には「青天井評価」など無理だとわかっている。でも、何か釈然としない……。

なぜ、こんなことをグチグチ言うかというと、私が「ほぼ天才的フォトグラファー」だと信じて疑わないケンちゃんが、先日、こんなことを言っていたからだ。

「僕ね、成績メッチャ悪かったんです。それで親に通信簿見せるたび、どつかれました。そんでね、あんまりどつかれるもんやから、考えたんですわ。どつかれるのはつらいことやない。楽しいことなんやって。そう思ったらええねんって。そしたらホンマ、そう感じるようになったんですわ」

切ない話だ。言葉を返せずうつむいていたら、「せやから増田さんにもどついてほしいんです〜」と、いきなりケンちゃんが体をこすりつけてきたのにはビビった。私にその気はない。まあ、ふざけているのだろうと思った。ところが……。

「ほんま、好きなんです、どつかれるの。中学生になったら親だけでは満足でけへんようになって、それで終業式のあと、ガード下で同級生を待ち伏せしましてん。で、通信簿見せて、『オレ、アホやろ。殴って』って頼んだんです」

相槌すら打てない述懐である。それでも私は口を開いた。彼のために何かを言ってあげようと思ったわけではなく、話の結末が怖くて、早く正体を突き止めてしまいたかったからだ。「ケンちゃん、今もその趣味は続いてるの?」と。ケンちゃんは生唾(なまつば)をゆっくり飲み込んでから答えを口にした。

「同じです。今も昔も……。あり得へん話をホンマのことみたいに話すのが昔も今も得意なんですわ。ははは。増田さん、マジで信じてはるわー。あっはっは〜」

まんまとだまされた。一瞬、彼に対して殺意を抱いたのは事実だが、すぐさまその創作力と演技力のすごさのほうに感じ入ってしまった。本当のところ、彼の通知表の数字が悪かったのは事実なのだそうだ。ただ、それで親や同級生から暴力を振るわれたことなどは一度もないとのことだった。

こんなストーリーを瞬時にして考え、人に話す力が子供の頃からあったというのに、ケンちゃんの通知表には5段階評価の1〜3しか存在しなかったという。写真を撮るのがうまいんだから、せめて図工くらいはいい点数でも良さそうなものだが、とにかくどこを見ても4や5はなかったという。

結果的に彼はクリエイターとして成功し、プロダクションを経営するまでにいたっているが、1と2と3しかない当時の通知表は、いったい彼の何を見た結果なのだろうかと思ってしまう。強いて言うなら、「見たって意味のないところばかりを見ていた」ということか。

彼の「つくり話」は、通知表の不条理を鋭く突くショートストーリーだと思った。大した才能である。その才能が今、花開き始めている。ケンちゃんは自らも出演する映画を製作しているのだ。ビジュアルセンス、創作力、演技力。この3つを掛け合わせれば、確かに映画という回答が「正答」である。

自らの才能を生かせる土俵を見つける力。実社会でモノをいうのは、これだ。

次回は2009年1月9日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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