仕事柄、私は他人とのかかわりが多い。しかも踏み込んでかかわるから、喜も怒も哀も楽もある。素敵な人にもらった喜びで、最低のヤツへの怒りを和らげたり、縁を結べなかった哀しみを、息の合う仲間からもらった楽しみで帳消しにしたりして、何とか心の浮沈をコントロールしている。いわば、人間模様をうまく活用することが、処世においては大切だ。
ところが「ひとり人間模様」とでも呼びたくなるような女がこの世にいる。私を喜ばせたり、怒らせたり、哀しませたり、楽しませたりを、ひとりでやってのける能力の持ち主である。ランちゃん、41歳(前後)。彼女と私はケンカと仲直りを何回も繰り返してきた間柄だ。
初めて会った時からそうだった。わずか数時間でケンカして仲直りしてまたケンカをした。ランちゃんは有名な経営者で、私は会う前から顔も名前も知っていた。とある集まりで対面した時、そんなセレブな彼女のほうから私にあいさつをしに来てくれたから驚いた。「○△と申します」と丁重に。
なのに私は驚きのあまり、「あ、ども。私は……、私は名乗るほどの者ではございません」と返してしまった。「何を言ってんだ、オレ」と心中で自責するも、今さら名乗れないしなあという呪縛もあり、かといってそのまま突っ立ってるのも変だと思ったので、「私が何者かは、そのへんにいる人たちに聞いてみてください」とか言っちまったのである。セレブに対して。
これでランちゃんはキレた。クルッと向きを変えると大声で、「皆さーん、すいませ〜ん。ここに突っ立ってるヒゲオヤジの名前を知ってらっしゃる方、この中にいらっしゃいますかー」と叫んだのである。まことにレベルの高い皮肉であり仕打ちである。実に面白い。と、今になれば余裕で評価もできるが、その最中はマジで焦った。私は会場全体の失笑を一身に浴びる羽目に。このままでは引き下がれない。私はすぐさま報復に打って出た。
「皆さーん、すいませ〜〜ん。この女の声が、なぜ志村けんに似ているのか理由を知ってらっしゃる方、この会場の中にいらっしゃいますかー」と。
へへへ。ざまあみろ。「今度はお前が笑われる番だ」とほくそ笑んだものの、爆笑どころか苦笑すら起きない。全員無言。私は地雷を踏んだらしい。
ところが少し間を置いて、大笑いし始めた人がいた。志村けんに似ていると私に刺されたランちゃん自身だった。「このヒゲの人、面白い。やだあ〜」とメチャウケ。これで仲直り。というかすっかり仲良しになった。が、その数分後にまた私が心ないことを口にしたせいでケンカになり、後日電話で話して仲直りし、でもまたくだらないことでケンカして、けどやっぱり仲直り。その後、今度は大ゲンカをして何カ月も口をきかない日々が続いた。
これっきり縁が切れてしまったら寂しいな……。根負けした私は、つい、彼女に電話をかけてしまった。用事はない。しかしこれが裏目に出た。
「どもども増田です。いやあ、久しぶり〜。元気? えっ、何の用事かって? 用事がなけりゃ電話しちゃあいけないわけ? だいたいさあ、あっ」
電話はあっさり切られていた。その数時間後に彼女から怒りのメールが来た。「絶対に落としてやると決めて近づいた男に、いよいよアプローチする間際の電話でした。最悪のタイミング! 当然、やる気が失せてすべてが台なしになりました。あなたのことを一生恨みます。返信(言い訳)不要。最後までお読みいただきありがとうございました」。悪いことをしたらしいと頭では理解したが、私はその短いメールの面白さのほうに心を奪われた。
怒らせると、笑えるリアクションをする女。こんなキャラにはめったに出会えない。きっと彼女は人の何倍も感受性が強く、同時に人の何倍も言葉を活用する能力が高いのだろう。それがあいまってこうなるのだと思う。
「怒」が「楽」を生むなんてことも、この世にはあるんだなあ。やっぱり他人とかかわるのは面白い。私はきっとまた彼女に電話するだろう。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。