笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第25回 ツッコミを芸術に変えた男


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イラスト / 本田佳世

起業家数十人が共同で会社をつくることになり、私は取りまとめ役として設立手続きに携わった。ところが途中で想定外の問題が起き、作業をストップせざるを得なくなってしまったのである。その数十人のうちの半数以上が女性なのだが、この女性たちの過半数が「本名」を名乗っていないことが判明したからだ。

べつに詐欺事件めいた話ではない。彼女たちは戸籍上の姓名と異なる姓名を日常使用していただけのことだ。おかげで何度も書類を訂正するはめになったが、変なところで勉強にもなった。訂正作業を繰り返すうち、本名と通称が異なるのには、いくつかの理由と傾向があることを理解できたのだ。だから? と言われれば、それまでの話なんだけど。

とにかく発表。その1.結婚して本名は夫の姓になったが、旧姓を名乗っている。その2.離婚して本名は旧姓に戻したが、夫の姓を名乗っている。その3.戸籍を変えないまでも姓名判断などにもとづいて改名している。その4.読みは本名と同じだが、一部をカッチョイイ漢字に置き換えている。その5.完全に別名にしている。ちなみに昨今、このように本名とは異なる仕事上の名前のことを「ビジネスネーム」と呼ぶらしい。何だか芸名みたいだなあ。

いずれにしてもこうしたビジネスネームを「本名ではない」と見抜くのは難しい。ところが中にはいとも簡単に「偽名だ」と断定できるパターンもある。姓名をフルでひらがな書きしたり、カタカナ書きしたりするケースだ。

しかしなぜ、芸能人でもない人々が、「フルかな書き」を使うようになったのだろう? みんながみんな、子ども相手の仕事というわけでもないだろうし、難読漢字なら名刺にフリガナを振れば済むことだ。表意文字である漢字が持つ「意味の特定感」がいやなのか、漢字で書く「姓」に婚家への帰属を感じていやなのか。あ、でも女性だけがかな書きをするわけでもないし……。やはり謎である。

さて、私の飲み仲間に俳優のミッキー・ローク似の男がいる。だからロークと呼ばれている。と書くと、芸能界関係者(バラエティー系)なら「ああ、あいつか」ってことになるだろう。それほどロークはその業界において有名な社長なのである(本人談)。そうそう、ロークの名付け親は「S根Tさん」だそうだ。

ある日、言葉の(暴力の)天才として名高いそのロークが一発かました。初対面の女性起業家をつかまえてこう言ったのだ。「おい、ひらがな女!」。世に「○○女」だの「○○男」だのという言葉は星の数ほどあるが、「ひらがな女」はさすがに聞いたことがない。おそらくローク本人だって生まれて初めて口にした言葉だろう。彼は女性起業家から手渡された名刺(姓名がすべてひらがなで書かれている)をじっーと見つめたうえで、開口一番そう言ったのだ。やっぱ、芸能界の荒波にもまれている男のツッコミには切れ味がある。

とにかくこの男、近くの人間をつかまえては言いたい放題、切りたい放題だ。「おまえの髪形は落ち武者か!?」「キミは何のために働いてんの? えっ、何? 聞こえねーよ。働く前に発声練習だな」「アンタと会うことは二度とないね。もっとも明日になったらオレはアンタと一度会ったことすら忘れてるけどね。アンタ印象薄いもん」などなど、すさまじい言葉のオンパレードである。もちろん彼はツッコミを入れても大丈夫そうな人を瞬時に選び出してやっているし、それに彼のツッコミは周囲の気分とシンクロしているから、場がやたらと盛り上がる。

場が盛り上がるだけでなく、彼のツッコミを聞いているうちに、ハタと気づくことも少なくないのだ。鋭く、わかりやすく、面白く、かつ示唆に富むツッコミは言葉の芸術品である。実際、「ひらがな女!」という言葉に触れなければ、最近、姓名をかな書きする人が増えたと私が意識する機会もなかっただろう。

そうそう、もうひとつ。口ではひどいことを言っているロークだが、そういう時の彼の目はとってもやさしい。だから周囲は彼のツッコミに引き付けられる。言葉も大事にするが、それ以上に人間関係を大事にする業界で生きる人ならではの徳を、彼は長年の裏方仕事を通じて培ってきたのだろう。

我々シロウトが、芸能界から学べることは実にいろいろありそうだ。少なくとも、芸名よろしくビジネスネームを付けることだけが、その選択肢ではない。

次回は2008年10月10日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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