私は甲虫ファンである。甲虫は「こうちゅう」であり、「かぶとむし」ではない。硬い前翅で背中をおおっているのが甲虫の共通点で、まさに装甲のおもむきである。その戦闘的ないでたちと、この世のものとは思えない変幻自在のデザインに、私の美意識は魅了されきっている。
正式には甲虫目(こうちゅうもく)といい、その中に多様な科が存在している。クワガタ科、カミキリ科、ホタル科、タマムシ科、ゲンゴロウ科……。例示した科の虫は有名だし、子どもたちにも人気が高い。ちなみにカブトムシ科というのはない。カブトムシはコガネムシ科に属する種である。いずれにせよ、私もこのあたりのポピュラーな甲虫が好みだ。
ところが「昆虫道の師」ともいうべきタケシさんはこれらの甲虫に見向きもしない。彼はヒゲナガゾウムシ科専門である。自分の名刺にもヒゲナガゾウムシのイラストを印刷するほどの入れ込みようだ。それってどんな虫? ヒゲが長くて象(ゾウ)のように見える虫である。まるで化け物の説明みたいだけど。
タケシさんの趣味は、採集してきたその小さな化け物のオスの性器を標本にすることだ。何だかキモい感じがするが、よく考えてみると……、やっぱキモい。要するに自分の人生、他人がどう思おうと関係ないってことなんだろうなあ。
キモいで思い出したが、タケシさんが何かの用事でラオスに行った時に撮影したという写真は強烈だった。「焼き畑のために燃やした森で見つけたんだよね」とニコニコしながら見せてくれた写真には、トグロを巻いたまま黒こげになった巨大ヤスデが写っていたのだ。ヤスデはいわゆるゲジケジ虫の仲間である。ゲジゲジといえば普通は数pだが、その被写体は70pもあった。うぇ〜〜。
それにしても彼の自由人ぶりには毎度驚かされる。北海道のある町で開かれたシンポジウムに一緒に出かけたことがあるが、その時もすごかった。シンポジウムの終了後、地元の有志の方々と飲んで語って明け方までお付き合いした私を無視して、「体調悪い」とか言いながら自分だけさっさと寝てしまう男なのだ。
早寝が悪いとまでは言わない。だが、私がやっと寝ついた直後に起き出して、ガサゴソガサゴソとパソコンに保存してある虫の写真をいじくり回し、早々と朝飯に手を付けたかと思えば、「おいしい米だね。だけど僕はお代わりしませんよ。必要以上の炭水化物は何の役にも立たないからね」と、睡眠不足で朦朧(もうろう)としつつも本能で2杯目のご飯をよそってもらっている最中の私に毒舌を吐き、しかも私がそのご飯を食べ終わらないうちに、「さあ出発しようか」と腰を浮かせるのだからたまらない。マイペースにもほどがあるってもんだ。
だいたい「出発する」って、あんた体調悪いんじゃないの?と言ってやりたかったが、タケシさんは人生の大先輩(70歳くらい)だし、向かう先は雑木林なので(要するに昆虫採集に行く)、虫好きで年長者思いの私は結局、「喜んでお供します」と口走る羽目になってしまうのである。それがまた悔しい。
というわけで、その日は朝っぱらから昆虫採集に励んだものの成果はイマイチだった。だいたい成果も何も、私は起きているだけで精一杯。ただし、木の枝をバンバンたたいたり、林の土手を駆け上ったりしている自分にふと気づいたタケシさんが、「あれ? 僕元気だなあ。我ながらゲンキンだね。へへへ」と、少しは反省した態度を見せたことにおいては、それなりの成果を得た気がした。
タケシさんは脳の専門家で、テレビにもよく出るし、本もたくさん書いている。だから彼が、「脳の活動っていうのは、外界から入ってきた情報を整理して、筋肉に動けと命じることなんだね。好きな情報が入ってくると筋肉にどんどん動けって命令するわけだ」と説明すると、懇親会をサボっておいて、昆虫採集には意気揚々と出掛けていったことの言い訳には聞こえないから実に得である。
人目を気にせず、好きなことに一生懸命。そんな生き方、やはり難しいと思えてしまう。だが案外、そうやって生きている自分がいるのかもしれない。少なくとも、そういう時間帯が人生にまったくないわけではない。大きな自由を手に入れたければ、すでに手に入れている小さな自由を認めること。そんな気がする。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。