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笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第22回 話が長い女


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イラスト / 本田佳世

孫さんといったら、たいていはソフトバンクの孫正義氏を思い浮かべる。中には正義氏の実弟、孫泰蔵氏を想起する人もいる。どちらの孫さんも大人物だ。だから私が主催した大宴会に「もしかしたら孫と一緒にいくかもしれない」と知人から連絡をもらった時は、そりゃ小躍りしたものだ。が、この手の話は実現したためしがない。私は「決して期待しないように」と自分に言い聞かせた。

大宴会当日。開会から少し遅れて、エステティックサロンを経営するその知人が現れた。本当に連れがいた。実現するはずのないその手の話が実現したのだ。ただしそのお連れさん、4歳前後の女の子だった。知人が「一緒にいくかも」とメールで知らせてきたのは、孫(そん)ではなく、孫(まご)だったというわけ。

ベタなオチで恐縮だが、知人は私と同じ年の女性である。そんな彼女にお孫さんがいるとは夢にも思わなかった。とにかく孫兄弟のどちらかとワインを片手に世界経済の展望を語り合っているシーンを何日も前からイメージしちゃあいけないと思いながらイメージしつづけていた私は、キャーキャー騒いで会場を走り回るそのお孫さんを追いかけ回すことに宴会中の大半の時間を費やすことになった現実に、年がいもなく打ちのめされたことは事実である。

だから私はちょっと毒づいた。「ヨーチャン(知人の名前)が普段からおばあちゃんらしくしていればこんな勘違いはしなかったのにさ」と。でも、おばあちゃんらしさって何だ? 考えてみると難しい。人は様々だし、「らしさ」なんて時代と共に変わっていく。「祖母のあるべき姿」など規定できるわけはない。

とはいえ上海まで出かけて、地元の写真館で女優にでもなったつもりのポーズの写真を何枚も撮ってくるおばあちゃんなんて、普通はいないと思う。いや、百歩譲って撮影するのはいいとしても、その写真を焼いたCD-ROMを常に携帯し、出会った相手がパソコンを持っていたら、すかさずそのCDを差し込んでスライドショーにして相手に見せつけるという蛮行を働くおばあちゃんはさすがにいねーだろと言いたい。というかヨーチャンにはさんざん言っている。

ま、本心は逆なんだけどね。祖母であり、だから当然母であり、エステティシャンであり、しかもサロンの経営者でありながら、なおかつギャルのような行動を自然に取れるヨーチャンの多能ぶりには日頃から舌を巻いているのだ。

ひとつのことか、せいぜいひとつ半くらいのことしかできない男性と違って、女性は実に多能だと感心しているが、ヨーチャンは格別にすごい。

しかし多能な彼女にも弱点はある。話を短くまとめるのが大の苦手なのだ。だから今、彼女は話を短くする練習に必死で取り組んでいる。変な練習だが、そのひたむきさは尊敬に値する。「それで達成できたの?」と聞いてみたら、「ほぼ達成できた」という趣旨の話を延々と語っていたから、まったく達成できていないということがよく伝わってきた。ただし私はヨーチャンの長話が嫌いではない。

例えば彼女が新しい事業について説明する時、「何々をする」に加えて、「それをやると、こういうタイプのお客さんはこう喜ぶし、ああいうタイプのお客さんはこう喜ぶ。で、それを担当するエステティシャンはこういうやりがいがあって、営業する人にはこんなメリットがある」という話を極めて具体的に語るのだ。

ヨーチャンの話には、例外なく関係者全員が登場してくる。プライベートな話題であっても同じである。だから長くなる。長いけど、彼女が常に周囲の人のことを考えて生きているということがひしひしと伝わってきて感動するのだ。

友人、仲間、お客さん、そしてお孫さん。それらの人たちが期待することにヨーチャンは精一杯こたえようとする。だから彼女の多能ぶりにどんどん磨きがかかるのだろう。「おばあちゃんになっても成長しつづけられる」。そんな事実を目の当たりにすると、人生が何だかとてつもなく楽しいものに思えてくる。

次回は2008年8月29日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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