笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第18回 ムクチな女


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イラスト / 本田佳世
 
 

人の興味を引こうと思えば、何かにつけ「題名」が大事だ。テレビ番組しかり、雑誌の特集しかり、イベントや講演会もしかり。もっともこれらの場合、「誰が出るか」も重要である。だから新聞のテレビ欄には題名と出演者名とが書いてあるわけだ。関係者は必死で題名を考え、イケてる出演者をそろえようと努力する。この話、メジャーな世界に限ったことではない。身近な集まりなどでも同じ理屈である。

東海地方のとある大都市に生まれ育ったマアちゃんは、「口から先に生まれてきた女性・全国選手権大会」の東海代表に選ばれてしかるべき人物だ。私が思うに、8時間か9時間くらいなら、飲食なし、トイレ休憩なし、それどころか呼吸なしでもしゃべり続けられるはずだ。

この、やかましい女の講演を聞きに行った。「うるさい、うるさい」と文句を言いながらも実は私、彼女のトークのファンだったりする。しかも、講演の題名がムチャクチャ魅力的だった。確か「無口な私がプロの司会者になるまで」。こんな感じだったと思う。マアちゃんが無口!? あり得ん! ほんとかよ? なぜ? というわけで、まんまと演題につられてしまったわけである。まさに前述した「題名と出演者」の強力コンビネーションである。

それにしても彼女はうるさい。だから宴席で一緒になった時などは、つとめて彼女から離れて座ることにしている。だが、どんなに離れても視界にマアちゃんが入ってしまえば同じことだ。身振り手振りがすさまじい。それが目に入るだけで「ああ、騒々しい!」と叫びたくなる。その手振りのあまりの速さに、彼女を千手観音の生まれ変わりだと勘違いして、ありがたそうに手を合わせる人がいつか出てくるんじゃないかと、私は常々心配している。

要するに口八丁手八丁。でも私は、言語コミュニケーションと非言語コミュニケーションをフル活用して力の限りしゃべり倒す彼女が大好きだ。なのに、講演のテーマはそのイメージとは正反対の「無口」。ファンはこういう組み合わせに弱い。有名人に置き換えてみれば、イチローが「運動嫌いだった僕が野球選手になるまで」と題して講演をするようなものである。

そうそう、マアちゃんは結婚式などに引っ張りだこのベテラン司会者だ。「親族全員、彼女の司会で披露宴を挙げた」なんてエピソードもあるくらいの人気者なのだ。そこまでいくと、これはもう単にシャベクリがうまいから、というだけでは説明がつかない。彼女は本当に新郎新婦の門出を祝っているのだと思う。その気持ちが周囲にも自然と伝わるのだろう。

しかし、その姿勢と才能とが彼女自身を苦しめる。自らが現場に立ちたいという思いと、経営者として飛躍すべく、組織的な取り組みを進めたいという思いの板挟みになる。ベテランにはベテランの悩みがある。

こういう葛藤はつらい。ただ、どういう結論を得るにしても、どちらかの思いに無理やりフタをしないでほしい。葛藤こそ起業家の成長剤だからだ。そこから逃げない限り人は成長する。どれほどのベテランであっても成長できる。ちょっとベテランを強調しすぎたかなあ……。

ともかく、難しい選択を胸の内に抱える時は、誰でも無口になる。それはそうだが、マアちゃんが元来無口だったという話はどうにも信じがたい。講演の最中も、会場から「無口だなんてウソだ」と突っ込まれていたくらいだ。

ちなみに彼女はその突っ込みに対してこう答えた。「ウソじゃないって。ホントにムクチな子どもだったんだから?。だけどね、『無い口』って書くほうじゃないわよ。『六つも口がある』って書くほうよ(笑)」と。うまいなあ。

ファンとしては、こんな受け答えができる彼女に、いつまでも現場に出ていてほしいと願ってしまう。「むしろ、生涯現役を実現するために、組織経営と取り組んでみるという方法もあるよ」。彼女にそう勧めてみようかな。

次回は2008年6月20日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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