散髪するたびに白髪が増えたと思う。自分では若いつもりでも、今年が40代最後の年。白髪も増えればシワも増える。
だから若い起業家からすれば、私は親のような存在かもしれない。時々Webで私のことを「起業家の父・マッスー先生」とか書いてあるのを見て、「人を年寄り扱いしやがって」と苦々しく思い、ディスプレーに向かって「だいたい、オレは“おまいら”を産んだ覚えはないぜ」と毒づいたりしつつも、さりげなく「おまいら」という2チャンネル用語を使えた自分に若さを感じながら、「あ、でも産むのは母か。父じゃなかった」と、自分にツッコミを入れているうちに、本来、何が問題だったのかわからなくなるあたりが年を食った証拠だと思ったりするから、やっぱり父親扱いされても仕方ないか。
とはいえ、いくら若いといったって、起業家なら私と同じひとかどの社会人だ。私にあれこれ教えを請うのはいいとしても、教えられながら飲んだり食ったりした分まで私に面倒を見させるヤツがいるのは、まことに嘆かわしい話だ。だいたい「おまいら、社長なんだから」さあ、領収書をもらって損金にしとけよって言いたくなるよね。ちなみに飲食代金、ひとり頭5000円以下なら全額損金算入できる。
だがホンネを言えば「自分が払う」なんて突っ張らず、元気に「勉強させてもらって、そのうえにごちそうまでしていただき、本当にありがとうございます」って言ってもらえるのが一番うれしい。もっともおごるにしても限度はあるが。
その限度をはるかに超える要求を何度もしてくる男がいる。リョウスケ、27歳、九州男児。かなり天才的なSEにして金融関連システムを開発するベンチャー企業のトップだ。たぶん、こいつは私より何倍も金持ちだ。
スーツが違う。くつも違う。言うまでもなく時計はかなりの上物だ。なのに、リョウスケはとことん私にたかってくる。「増田さん、すっげー面白い店見つけましたよ」とか何とか言ってくるわけだ。このセリフが出たらヤバい。
クイズ大会バー。そういうのがあるらしい。見知らぬ客同士がチームになってテレビ番組よろしく難問珍問に答えていき、勝者には店からおごりがあるのだとか。「行ってみたいでしょ。行きましょうよ。ね、連れてってくださいよー」とリョウスケは話をズンズン進めていく。確かに面白そうだなあ。ま、そんなに高くなさそうだし、行ってもいいかなあなんて思って、いちおう店の所在地を聞いてみた。
「福岡です。天神あたりですよ」。
それって九州じゃん! 私は東京在住だ。これじゃあ仮に入店料が安くても旅費がハンパじゃない。でも悪いのは私なのだ。以前リョウスケから「面白い店があるんですよ。マジックバーなんです。目の前で超マジックを超越したマジックが見られるんです。行きましょうよ。ね」と言われて、結局、熊本県にあるその店まで遠路はるばる行ってしまったことがあったからだ。それでヤツは味をしめた。
そんなリョウスケと最近行ったのは、これまた九州にあるスイーツバーだ。これにはビックラこいた。アルコールとケーキが共存共栄していやがる。とにかくヤツはこの手の珍奇なるものに滅法詳しい。で、男ふたり、話のタネにとショートケーキを肴(さかな)に焼酎で人生などを語っちまったわけだ。ちなみにこの時は、たまたま私が九州に出張した時だったので、多大な旅費を投入したわけではない。
その店でずいぶん飲んでずいぶん語った。ケーキもお代わりした。そしてリョウスケは泣いた。飛ぶ鳥を落とす勢いのベンチャー企業家、といっても20代の青年だ。いろいろ大変だろう。どれだけヤツが頑張っているか、聞かずともわかる。子どものようなおねだりを私にするのは、ふだん極めてストイックに生きていることの裏返しだからだ。私で良ければ甘えてくれ。何たって私は起業家の父なのだから。
やがてリョウスケの涙も乾き、空も明けた。さすがに3つめのケーキを食べる意欲もなく、店を出ることにした。素早く伝票をつかんだのはリョウスケだった。目玉が引っ込むほどの低料金だったが、ヤツの気持ちが嬉しくて、それで結局、「次はオレが福岡のクイズ大会バーでおごるよ」と口を滑らせてしまった。ま、いいか。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。