いきなり拙著の説明で恐縮だが、06年に朝日新聞社から出版した『起業・独立の強化書』という本がある。今読み返してみても「良書だ」と心の底から思える一冊である。というわけで、以下を読む前に同書をネットで検索して、できれば「ショッピングカートに入れる」というボタンをクリックしてほしいなあと思う気持ちはさておき、この本の構成についてごくごく簡単に説明する。
独立準備に必要不可欠な事柄をすべて、「出題と解説」というかたちにまとめた本だ。以上。ね、簡単な説明でしょ。
とにかくそういう構成なので、この本、私が講師を務める起業セミナーなどのテキストとして採用することも少なくない。
とある女性向け起業セミナーでも同書を使って講義を行った。その時、受講生のひとりが本の中の記述について熱心に質問をしてくれたので、私はその意欲に敬意を表するつもりで彼女にこう言った。「よかったら、サインしますよ」と。
ところが、彼女の口から返ってきた言葉は想像を絶するものだった。本当に想像できないと思いますよ。「アンタのサインなんかいらねーよ」。いやいや、こんなセリフなら想像可能もいいところ。実際、時々言われてるし……。では正解を発表!
「あのー、実はもうサインが入ってるんです」。私はその時、卍で(できれば「マジで」と読んでほしい)我が耳を疑ったものだ。「すでにサインがしてある!?」と、仰天する私に彼女はこう言った。「新品が在庫切れになっていたので、仕方なくAmazonでユーズドを買ったんです。そうしたらサイン本が来ちゃったんです」。
私はすかさず彼女の手からその本をひったくって表紙を開いてみた。「腰は低く、志は高く」という座右の銘と、もはや達筆の域に達しつつある「増田紀彦」という署名がハッキリと読めた。間違いなく私の書いたサインである。そして、その本を贈った相手の名前もしっかりと書いてあった。「○□ゴロウさんへ」と。
ゴ、ゴロウのヤツ……。「この本抱いて寝ますよ」とか言ってたよなあ。しかもテメーの名前まで入っている本だぜ。それを売りに出すとは……と、怒り心頭に発したかというと、全然そんなことはなく、むしろ私は「しめた」と思った。
こんなおいしいネタはないからだ。すぐに私はその中古本の持ち主にお願いして、新品とそれとを交換してもらった。こうして一度はゴロウに渡った一冊が、何の因果か私の手元に戻ってきたのである。むろんすぐさま攻撃開始。そのサインの部分を写真に撮り、ゴロウの知人たちにさんざん見せて回ったのである。例外なく「ゴロウのやりそうなことだ」と大ウケしたことは言うまでもない。
実はこの原稿を書き始める直前、ゴロウからこんなメールをもらっていたのである。「新刊を出しました。記念パーティーをします。増田さんにぜひ出席していただきたい」。彼はいわゆるルポライターだ。私は速攻で返信した。「おめでとう。もちろん伺います。すでに記念品も準備してあります」と。記念品とは、もちろんヤツが売り飛ばした『起業・独立の強化書』である。フフフ。驚けよ?、ゴロウ。
それにしてもこの男、自分が本を書く仕事をしていながら、よくそういう厚顔無恥なことができるものだと言いたくもなるが、でもそういう人なのだ。「本は読むもの。読んで身につけたら用はない」が彼の持論である。だから、読み終えた本は売ってしまえばいいということだろう。筋は通っている。
ちなみに私がゴロウに初めて会った時、彼はまだ会社勤めをしていた。「そろそろ退職して物書きになりたい」と言っていた記憶がある。だから私は「この本をしっかり読んで独立しろよ」と彼に『起業・独立の強化書』を贈ったのだった。
彼はそれをしっかり読んで身につけた。実際、独立し、それなりの売れっ子にもなった。だからそれでいいといえばいい。でも私は、あえてもう一度彼に同じ本をプレゼントするつもりだ。「腰は低く、志は高く」。このメッセージは、独立して仕事が軌道に乗りつつある人にこそ、価値のある言葉だと自負するからだ。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。