笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

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第14回 頭をカキむしる女


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イラスト / 本田佳世
 

世界中で600万部以上を売り上げたベストセラーのタイトルは、確か『話を聞かない男、地図を読めない女』だったと思うが、ミサキちゃんは、「話をまったく聞かない女」である。ちなみに、地図を読むのは得意らしいから、彼女は例外的な女性なのかもしれない。

事実、ミサキちゃんは旅行案内サイトを運営していて、とりわけイタリアと韓国の情報にとことん明るい。ローマの道路のことやソウルの地下鉄のことも詳しくしゃべっていたしなあ。

それで思い出したが、ミサキちゃんは、韓国が大好きなのだ。とくに「東方神起」だか何だかいう、若い男性ボーカルグループにぞっこんラブなのである。

もちろん私は「東方神起」という青年集団のことなどまるで知らなかった。知らないものは知らない。って言ってるのに、ミサキちゃんは「いかに彼らが超カッコイイか」を延々と私に向かって力説するのだ。「興味がない」とまで言ったのに。もっともそれは彼女が意地張りなのではなく、私の「興味がない」という言葉が耳に入っていないだけのことなのだが。

だいたい、そういうかみ合わないやりとりが、彼女との会話の98%ほどを占めている。つい最近もファミレスで彼女と会ったが、こんな感じだった。

「ミサキちゃん、最近仕事が増えてるらしいね」と私。「そうなんですよ。先生(彼女は私のことをこう呼ぶ)、ちょっと聞いてもらえます??」と彼女。

厳密に言うと、この段階ですでにおかしくないだろうか。話し掛けたのは私である。なのに、その返答が「話を聞いてくれ」なのだから。でもまあ、このくらいのズレはほかの人との間でもあるにはある。

「もちろん聞くよ。何か問題あるの?」「それより、私、今ちょっと新しい企画を考えてるんですよねえ」。ほら、ズレた。「へー。どんな企画?」「そんな大事なこと、先生にだって言えません。てゆーかあ、ああ、もう最悪なことばっか」。またズレた。「ふーん」「先生、まじめに聞く気あるんですか!?」。

あるわけねーだろ、そんなもん! と、心の中で叫んだが、なぜか彼女のことが憎めなくて、いまだ一度も声に出して怒ったことがない私である。それにしても、結局私は何にも彼女から聞かされていない。別にいいけどね。

時に彼女のミサキという名前だが、これは本名ではない。いわゆる芸名である。彼女、以前はモデルさんだった。まあ、確かに一線を退いたとはいえ、さすがは元モデルという雰囲気は今でも十二分に醸し出している。

だから「先生はミサキちゃんにデレデレして、彼女が何を言っても許すんだよね」などと批判を食らうこともあるが、断じてそんなことはなくもない! 

ははは。まあ、私も一介の中年男性ですからねえ。でも、それ以上に、このトンチンカンな女性を応援する理由はある。ひたむきさ。これだ。

彼女のサイトのアクセス数がなかなか伸びなかった頃など、「ああ、もう、どうしたらいいんですか??」と叫びながら、アタマを思いっ切りカキむしったりなんかするのである。「おまえは金田一か」と、ツッコミたくなるほどの、それはすさまじいばかりのカキむしりようであった。血が出てたかも。

その一方で、「よし、わかった!」といったん口にすると(って、おまえは金田一シリーズの等々力警部か)、その後の行動力は誰にも負けないものがある。めったに話は通じないが、いったん通じたアドバイスは、絶対に実行してくれる人である。しかも迅速だ。だから応援したくなる。

話がスイスイ進んだわりに、「結局何もしないじゃん、アンタ」。そんなオチになることも少なくない中で、ミサキちゃんの実行力はやはり光っている。

最近、とあるアンケートの集計を眺めていたら、「起業家に必要なのはコミュニケーション能力だ」という回答がやたらと目についた。実行力あってのそれであることを多くの人が忘れていなければいいのだが。

次回は2008年4月18日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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