笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第13回 「自虐キャラ」ふうの男

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イラスト / 本田佳世

大阪にパヤゾウという男がいる。詳しく言うと、ずっと大阪にいたのだが、一時期九州に移っていて、数年前、また大阪に戻ってきた男である。今も昔も中古車販売を手がけている40代だ。

事件は、そのパヤゾウが住み慣れた大阪を離れ、いよいよ九州へ移転するという日の数日前に起こった。

私を含む何人かの仲間が、彼の移転先での成功を願い、ハデな送別会を催そうとした時のことだ。いわゆるサプライズを狙ってパヤゾウの住む町までワゴンで出かけた我々は、彼をピックアップした後も、本人にはいっさい行き先を告げなかったのである。これが裏目に出た。

「なあ、どこ行くん?」とパヤゾウ。「まあまあお楽しみに」と我々。心配げな彼を無視して我らがワゴンは、ほどなく阪神高速環状線に乗り入れた。実は我々、大阪を出て一気に岡山県の湯原温泉へ向かう計画だったのだ。露天風呂につかって友情を確かめつつ、エールを送る。そんなつもりだった。

それがパヤゾウにバレた。「高速なんか乗って、まさか湯原ちゃうやろなー」と、突っ込まれたのである。大正解……だけど、何かやばいな。行きたくないのかなあ……。しかし計画に酔っていた我々は彼の抵抗を無視した。

やがて彼は叫んだ。「僕は行かへんよ。クルマ止めて!」と。だが、もともと好意のつもりだから、こっちも引けない。しかも私なんか、そのために東京から大阪まで来ているのである。行くったら行くんだと。その瞬間だった。「ならエエわ。勝手に降りるわ」とつぶやいたかと思うと、パヤゾウは激走中のワゴンのドアを開けて車道に飛び下りかかったのだ。もちろんクルマは急停止したから大事には至らなかったが。それにしてもムチャする男だ。

呆然とする我々を残し、彼はためらうこともなく車外に出て、そのまま高速道路の路肩をスタスタと歩いて帰ってしまったのである。

それがパヤゾウと我々との別れのシーンになってしまった。本人からは何も聞いていなかったが、たぶん、九州へ行くことにしたのは、大阪での同業者との競争が厳しくなっていたからだと思う。だから……、だから彼は、そっとしておいてほしかったのだ。きっと。浅はかな企画だったと後悔した。

何年かして、パヤゾウは大阪に戻ってきた。彼は昔のことを怒ってはいなかった。それがうれしかった。

そして最近。パヤゾウが新しい事業を始めるという。折よく大阪で講演があった私は、会場までの車中でその話を詳しく聞くことにして、彼にも同乗してもらった。ところが、そのワゴンを運転していた男が道を間違ってしまい、もはや車中での懇談どころじゃない状況に。結果、目的地へは開演直前に到着したものの、お客さんとのアポの時間が迫っていたパヤゾウは、ワゴンを降りるとそのまま最寄り駅へと歩いていってしまった。スタスタと。

彼の後ろ姿を見送りながら、昔の失策を思い出した。今度は許してもらえるだろうか……。でも、また許してくれるという思いもあった。彼は最近、別件でもトホホな目に遭っていたのだが、その時こんなメールをくれた。

「こういう星回りなんですよねえ。まあ最近はそんな陰気な自分が好きなんですけどね。憂鬱な気持ちが好きになってきてるから、かなり自虐キャラです」と。もちろん、このメールの文言どおりに受け取ったわけではない。彼はやさしいのだ。それがにじむメールだ。だから許してくれると思った。

パヤゾウは、介護車両や、障害者ドライバーのための補助運転装置を取り付けた車両の販売に取り組む中古車屋さんだ。そんな彼が始めた新事業って何だろう。何にせよ、やさしさがにじむものであることは間違いないと思う。こういう繊細な心根を持つ起業家も、この国には存在している。

次回は2008年4月4日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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