笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第7回 ピアスを許さない男

イメージ画像
イラスト / 本田佳世

予備知識なしに私と初めて出会った人は、私にどんな印象を持つのだろう。

締まりのない顔付きや、いい加減な服装を見て、「地位の高い人ではない」と判断するだろう。もちろん当たっている。「人は見かけによらない」と言うが、そうでもない。だいたい見た目どおりだ。

ただし、人の心根や能力を外見で推し量るのは難しい。だから「人は見かけによらない」という言い分が成立するわけだ。悪人に見えて善人だとか、無学に見えて秀才だとか。しかし、そもそも人を見た目だけで悪人だの無学だのと判断すること自体、いかがなものかとも思う。

たとえばこういう話をする男がいる。「いい話を聞いたんです。耳にいくつもピアスをしているような女の子がですよ、電車に乗ってきたお年寄りに席を譲ったんですって。人は見かけによらないものですねえ」。どこがいい話だ!? ピアスをしている若い女性には親切心がないという偏見にもとづいて語られる美談など美談じゃない。と、私はその男に言い返してやった。

男の名はコータロー。「パソコン何でも屋」稼業に取り組む54歳だ。で、私の反論に沈黙するかと思いきや、これが猛反撃に出てきたからビックリこいた。

「増田さんはピアスが悪いことじゃないって言うんですか!」と。かなり強い調子だ。そうこられるとこっちも熱くなる。「悪いわけないだろ。むしろ素晴らしいね」「素晴らしい? 親からもらった体に傷を付けることが素晴らしいんですか?」「親からもらったままを放置しないで、美しくなろうと努力する姿勢がいいよ」「何がいいもんですか!」。売り言葉に買い言葉かもしれないが、コータローは引き下がらない。

かくなる上は決定的な打撃を与えてやるしかない。「じゃあアンタはどうなんだよ。親からもらった髪の毛を切ったり、ヒゲを剃ったり、爪を切ったりするだろ。それは良くて、女の子が耳に穴を開けるのは悪いっていう理屈は矛盾してないか」。私はこれでコータローを完全粉砕したと確信した。ところがだ。

「矛盾なんかしてない! 髪やヒゲや爪は切ってもいいんです。だって伸びるから。耳は、耳は……、切ったら伸びないじゃないか???!」

そりゃそうだけど(笑)。っていうか、穴を開けるのと切るのは違うと思うけど。それはともかくこの虚を衝く絶叫のせいで、私のほうが沈黙を余儀なくされてしまった。しかしコータローの気迫はすごかったな。後半は涙ながらのピアス反対論だった。

コータローという男の顔は柔和そのものであり、ふだんは年下の私に対してさえ敬語を使う紳士である。それがこんなにエキサイティングだったとは……。まさに人は見かけによらないというやつだ。と思ったが、今考えれば、年頃のお嬢さんのことが頭の中にチラついていて、それで火がついたのかもしれない。

あっ! もしかすると、お年寄りに席を譲った女の子って、コータローのお嬢さんのことじゃないだろうか。あり得るな。ことが我が子にかかわってくれば、どんなに恵比須顔の人でも、そりゃすごい形相になるもんだ。子を案じる親の思いは特別だから。お嬢さん、パパのこと、見た目で「ダメ親父」なんて思わないようにね(笑)。

次回は2008年1月11日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

増田紀彦の写真
増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

ページの先頭へ