笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第6回 自伝の出版を拒み続ける女

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イラスト / 本田佳世

自他共に認める何々、という言い回しがある。認められるものの中身が何であれ、主観的評価と客観的評価が一致しているのは幸せなことである。能力なりセンスなりを、他人は自分が思うほど評価してくれないものである。多少でもそのズレに自覚があればいいが、世の中には「思い込みの塊」のような人もいる。こうなるとお気の毒ですらある。

しかし、ある意味それ以上にお気の毒なのは、他人は高い評価をしているのに、本人がそれを認めないケースだ。

私の飲み仲間のエイコさんはジャスト50歳。だがクラブで深夜まで踊り続けるし、それで帰宅するのかと思えば、「何か食べに行こうよ」と言い出す健啖ぶりだし、「寝る前にあんまり食わないほうがいいですよ」とたしなめれば、「寝ないわよ」と、明け方そのままオフィスに向かっちゃうし、それでお肌がボロボロかというと、ツルピカだし。とにかく若々しいのである。しかも彼女が経営する人材派遣会社の業績は抜群にいい。社員のフォローも完璧だ。だからエイコさんを知る人は例外なく彼女に憧れる。尊敬していると言ってもいい。付け加えると、彼女は夫や子どもからも評判がいい。

こうなると、もはや、いわゆるひとつのスーパーレディーである。だから私は彼女の人生を本にまとめたら売れるだろうなあと、何回も思ったものだ。思ったことは口にするのが私の性分である。

ところが彼女の答えはいつも同じ。「ダメよ。アタシなんか」。これで話は終わってしまう。謙虚な人だと感心する半面、納得がいく答えでもない。だから一度食い下がってみたことがあった。「アタシなんかって言うけど、いったいどこがいけないんですか?」と。

しばし沈黙の後、彼女は私を責めるような低い声でこういった。「それをアタシに言わせるわけ?」

やばっ。よくわからないけど、とてつもなくデンジャラスなゾーンに踏み込んでしまったという感触はあった。だが、いきがかり上、話題を急カーブさせるのは無理だった。私は顔面をヒクヒクさせながら彼女のセリフを促した。

「じゃあ言うわよ。だってさ、アタシ、不細工だもん!」

何だ、その答えは!? 5、4、3、2、1……。ブハッ??。私はその時ほおばっていたトンカツの大半を吐き出してしまった。テーブルを拭くのも忘れて私は笑い転げた。態勢を立て直そうと思っても、モジモジしているエイコさんを目の前にすると、余計に笑いが込み上げてくる。私の爆笑は止まらなくなってしまった。

後で本人に聞いた話だが、「本を出す=自分の写真が表紙になる」と彼女は思い込んでいたのだそうだ。この思い込みも爆笑ものだが、仮にそうなったとしても何ら問題はない。彼女は若々しいだけでなく、実にベッピンさんである。それもみんなが憧れる理由だ。

彼女が自分の容姿をよく思わない理由を、結局私は解明できないままでいる。でも、これは一生解明できないだろうとも思う。人の心の中にある物差しを他人が使うことはできないのだから。

ただ、こうは思う。人間を魅力的にする要素とは、大きな努力と、適度な自信と、ほんのわずかなコンプレックスなのではないかと。  

次回は2007年12月21日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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