一昔前、「芸能人は歯が命」などといわれたものだが、今も昔も「起業家はバランス感覚が命」だ。例えば大胆さと細心さの両立。もっとも、こうした相対する資質を生まれながらに授かっている人物は希有であり、向上心にあふれる人は、たいがい不足するほうの資質を後から意識的に身につけていくことになる。
そうした自己変革努力を否定する気はない。ただ、とある性分を極端に強く持つ人が、ヘタに努力して反対の性分を獲得すると、そっちの性分まで極端化してしまい、それが原因でとんでもない事態を引き起こしかねないものだ。
本来、非常に慎重派のマツコの行動などはその最たる例だ。とにかく突然とんでもないアクションを起こすのである。実例をひとつ。1年ほど前の話だ。マツコと一緒に街を歩いていたら、近年女優としての評価も高い元若手芸能人(変な言い方だけど)に遭遇した。
「R子だ??!」と、その芸能人の名前を絶叫したマツコは、語尾の「??!」が消え終わらないうちに、もうR子に向かってダッシュしていた。こうなったら握手をしてくれとか、サインをくれとか、そんな程度の要求で済むはずがない。イヤな予感が私の脳裏をかすめるよりも早く、その予感は現実のものになっていた。
あろうことか、マツコはR子に「なあ」と呼びかけたのである。日頃から男言葉を頻発するマツコではあるが、いい年をした女性(マツコは41歳)が、一面識もない人に向かっていきなり「なあ」はないだろ。
とにかくR子は呆然。そりゃそうだ。突然「なあ」だもん。だがマツコは、おかまいなしにしゃべくりまくっていた。「絶対お得だよ」とか何とか……。驚いた。営業かよ!? マツコは一応ジュエリーショップのオーナーだ。
マツコの「見ず知らずの人への話し掛け攻撃」はよくあることだが、この時ばかりはさすがに心配になり、私が割って入ってR子に詫びを入れたほどだった。「彼女ちょっと変なんです。すみません」と。ところがその芸能人、歯だけでなく心も美しかった。「変じゃありませんよ。一生懸命なんですよね」って。やるなあ、R子!
しかし、真に驚いたのはその後だ。マツコのやつ、どっかへ歩いていったと思ったら、街灯の下でノートに何かを書いていた。「明日、R子の事務所にお礼の手紙を出すからさ。それでさっき勧めたデザインを書き出しておこうと思って。間違えたら大変だもん」。
何て細心なんだ! つーか、何て両極端なんだ。正直、彼女の行動は常軌を逸していると思う。ただ、大胆さも細心さも、ストレートに商売に向かっているところにマツコのすごさと純粋さがある。その後、芸能人のR子が彼女のお得意さんになったかどうかはわからない。だが、なっていたとしても不思議ではない気がする。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。