先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


渡辺 幸三さんの写真

第2の故郷に貢献する
ビジネスコーディネーター

セイムファクトリ/広島県福山市
渡辺 幸三さん(46歳)

わたなべ・こうぞう/愛知県出身。大学卒業後、大手メーカーに16年半勤務し、税理士を目指して早期退職。妻の出身地に移住し受験勉強に励むが、創業塾受講を機にビジネスコーディネーターとして独立。14kgのダイエットに成功し継続中。座右の銘は“新手一生”。

独立準備のがんばりどころ

仕事は好きだったが、体調不良、長期の単身赴任、W杯を機に早期退職

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福山市に拠点を置く企業や団体を中心とした様々なプロジェクトで、商品企画・開発、営業代行、販路拡大、アドバイザーなどの業務を請け負っている

勤務先での仕事は忙しくも楽しく、NHKの番組『プロジェクトX』で紹介された駅の自動改札機の開発や、自動改札と情報配信を組み合わせた新規プロジェクトにもかかわっていて、やりがいは十分でした。社内で早期退職制度が広報された時も、辞める気はまったくなかったんです。ところが同僚が「今辞めれば退職金は○○万円だ。渡辺はいくらになる?」とみんな計算している。その時は、笑って聞き流したのですが、休日にふと計算してみると、なかなかの金額になることがわかって(笑)。その頃の私は、単身赴任が4年続いていて、深夜にコンビニ弁当ばかり食べて体調が優れず……。おまけに腰痛にも悩まされ、いつか過労死するのではないかと思い始めていた時でした。

ちょうど日韓共催のサッカー・ワールドカップが開催されていて、2試合をスタジアムで観戦。熱戦を間近で見て、「人はやればできる! 自分も何かやることはないか!」と。それで思い出したのが、大学時代に入会していた会計学研究会のこと。バイトで忙しく出席回数が足りず2年生の時に除名になったのですが……。「夢だった税理士を目指そう!」と、決勝戦の翌日に退職願を提出。そして、家族が暮らす妻のふるさと福山に移住。自分は三男なので実家に戻る必要もないし、福山は初めて訪れた時から「城がある!」というだけで、十分に魅力的に思えた土地(笑)。5年計画で税理士資格を取得し、地元の税理士事務所に勤め、いずれ独立とプランを立てました。

城に誘われ妻のふるさとへ。税理士試験に向け猛勉強するも、突如疑問が

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取材日は異業種交流会の世話役。コンサルタントの「先生」ではなく、常に「相棒」として、顧客と共に動く現場第一主義。人と人との橋渡しも得意技

まず1年間は試験勉強に没頭しました。そんなある日、新聞広告が目に留まったのです。「福山商工会議所主宰の創業塾。定員40名の受講生を募集」。それを見た時に、「ここに行けば40人と話せる、講師や商工会議所の人とも話せる!」と舞い上がってしまったのです。家族とろくに話もせず、ずっと勉強していたせいか、人に会う、人と話すことを渇望していたのでしょう。今思うと異常に高いテンションでした(笑)。

創業塾に参加して、考えました。税理士は地元で仕事をする職なのに、自分は福山のことも、人のことも何も知らない。これで地元貢献などできるのか? その前に、本当にやりたい職種なのか、ただ熱に浮かれていただけではないか……。最終日、同じ受講生でCDショップの二代目である古本代表から、備後の伝統素材尾道帆布を使って新事業を始めたいという相談が。商品企画開発や営業は自分の得意分野。「じゃ、手伝います」と即答しました。そして、尾道帆布のオリジナル手づくりバッグや小物のブランド「彩工房」」が誕生。この仕事を通じて、ビジネスコーディネーターが自分の天職だと気づいたのです。自分が好きなこと、役立てることで、福山に足りない“つなぎ役”として地域貢献する。そういうネットワークづくりが必要だと。

得意分野こそ天職! 豊富な経験とノウハウを生かして福山に恩返し

思い返してみると、大学4年間で働いた様々な職種のアルバイト経験も生きています。入学式の後すぐ学生バイト相談所へ行き、その夜から勤務。というのも、「生活費一切は自分で稼ぐから仕送り不要」と親に断言していたので。大学は関西のいわゆる“お坊ちゃん校”で、バイト学生などほとんどいない。そんな異端児的部分が評価されたのか、立石電機(現・オムロン)に採用してもらった。ずっと企画開発や営業的な仕事に就き、組織を超えたプロジェクトが得意でした。もっとさかのぼれば、実家は金物店で、父は単にモノを売るだけの商売をしていなかった。お客さんのニーズを聞き、様々なものを組み合わせ、時にはお宅にまで伺い提案する。もちろん定休日など関係なし。そんな父を見ていたせいか、お客さんをどう喜ばせるか、いかに欲しいものを提供できるか。職域を超えたコーディネート魂が、幼少の頃から無意識にはぐくまれていたのかもしれません。

現在は、新規事業立ち上げ支援、営業代行、福山市産業支援コーディネーター、大学の非常勤講師のほか、異業種交流会「スキメシ中国ブランチ」の世話役など、幅広い分野で頑張っているところです。残念ながら、福山の人は、「地元にいいところはない」と思っている人が多いです。でも外から来た私の目には違って見えます。地元の人が福山の魅力に気付き、好きになり、観光業に携わる人だけでなく一人ひとりが「福山にはこんなにいいところがたくさんある!」と誇れるよう、福山の“つながり力”を盛り上げていきますよ!

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 加納 拓也

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    退職した時は、税理士になることを目指し、1年間は猛勉強していました。でもよくよく考えたら、熱に浮かれていただけかと気づいたのです。商工会議所主宰の創業塾で地元の経営者と知り合い、新規事業を手伝ううちに、ビジネスコーディネートすることが自分の天職だと。その時々の課題をクリアしながら、人と人、何かと何かを結び付けて喜ばれるビジネスをつくる仕事がしたいと。税理士志望から方向転換し、独立しました。

  • 開業資金は?

    オフィスは自宅に開設。事務機器、携帯電話の購入費などで20万円です。

  • 開業資金はどう集めた?

    貯蓄を充てました。

  • 周囲の反応は?

    会社員の頃は単身赴任で、家族は妻の実家で暮らしていました。「退職する=私も福山に移住して妻の両親とも同居する」という考えでしたから、家族は大賛成。それに2年間は無収入でも退職金で何とか生活できる計算でしたから、妻も両親も安心したと思います。勤め先の上司は、退職届を提出したとたん驚いて飛んできましたが(笑)。最後には、「まぁ、渡辺なら、どうとでもなるな」と納得してくれました。前職の上司や同僚とは今でも付き合いがありますが、会うと、「楽しそうだなぁ〜」と言われます(笑)。

  • 不安だったことは?

    まったく感じていませんでした。退職当時は、税理士の資格さえ取れば何とかなると思っていましたから。その後、方向転換した時も、不安は感じていません。根っからの楽観主義者なんだと思います(笑)。

  • 役立った情報源は?

    これまでの経験すべてが役立っているといえます。実家は金物店で、地域の人たちに貢献する父の姿を身近に感じていたし、大学時代4年間の様々なアルバイトも、会社員時代に業務を通して身に付けたノウハウも、すべてが今の仕事に生かされています。特に勤務先は、「これまでなかったものを起こす」「社会のためにどう貢献するか」という社風でしたので、そのDNAは福山という地域に特化しても通じるマインドだと思えます。

  • 相談相手は?

    創業塾で出会ったメンバー。それと、その後、立ち上げた異業種交流会「スキメシ中国ブランチ」の仲間たちです。

  • 独立して一番困ったことは?

    特にありません。もちろん難題に直面することはありますが、課題を一つひとつクリアしていく喜びのほうが大きいので、困ったという記憶がないんです。予想外のことが起こると、「うまくいかない」と思う人もいるでしょうが、私は逆で、予想外のことが起こるのは当然と思うほう。それ自体を楽しめるんです。そんな楽しんでいる自分に出会えること自体が、まず楽しくないですか? 「何ごとも経験」って、そういう意味だと思うんですよね。

  • 独立して一番良かったことは?

    すべてのものごとを自分の考えで進められること。全責任を自分で取れることです。会社員の時は、顧客最優先でありたいと個人的に思っても、やはり組織に属している以上は葛藤が生じます。それが今は、「お客さん最優先!」と100%言い切れて、行動に移せることが何より嬉しい。それと、子どもたちが「お父さんが一緒にいるのはいいね」と言ってくれること。今も土日も関係なく仕事することはありますが、それでもそばにいる。会社員時代は4年、単身赴任でしたから。家族が一緒に暮らせるのも、独立して良かったと思えることのひとつです。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    学校や会社にはルールがあり、その中での正解を導く先生や上司がいますが、雇われない生き方には、これが正解というものはありません。自分で正解を導き出すしかないのです。そのためには、その時々で、自分自身で課題をつくり、できることを精いっぱいやる。それが積み重なっていけば、自然と方向性が見えてくると思います。また、会社員から独立すると、肩書がなくなったことによって、相手の対応に変化を感じることがあるかと思います。それを覚悟して、これまでの実績や自分の力を過信せず、感謝と自己責任の思いを持ち続けることが大切だと思います。

開業
2004年3月

開業資金
20万円

従業員数
1人

年間売上高
600万円(2009年12月見込み)

アクセス
kowa0315@ybb.ne.jp


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