先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


田上 晴彦さんの写真

伝統工法と欧風文化の
融合建築にこだわる大工

有機的建築 晴吉/三重県菰野町
田上 晴彦さん(40歳)

たがみ・はるひこ/三重県出身。高校卒業後、ナイフ職人を目指し渡欧するが断念。帰国し、様々な職を経る。24歳の時に建築の道へ。6年間修業した後、ボルトを使用しない伝統の木組み工法にこだわり独立。フランク・ロイド・ライト財団認定の正規登録会員。

独立準備のがんばりどころ

ナイフ職人になる夢を断念したドイツで、日本の古き良き建造物への思いが芽生える

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杉の木を贅沢に使った木組み工法のオフィス。独立時 に自身が建てた作業所を07年に改装。1階は設計・打 ち合わせスペース、2階には弟子たちが寝泊まりできる部屋もある

祖父が材木店を営んでいて、親父は製材士。叔父たちに大工も多く、子どもの頃から親父の苦労を見てきたので、絶対に大工だけにはならないと決めていたんです(笑)。でも、ものづくりが好きで、ナイフ職人になろうと、バイトで資金を貯めて高校卒業後にドイツへ。働きながら修業する計画でしたが、当時のドイツは失業率が40%を超えるほどの不景気だったんです。結局、修業先も見つからず、バイトにもありつけず、2カ月間ヨーロッパを放浪して帰国。でも、それが建築の道を目指すきっかけになりました。どの町にも歴史のある古い建物が残っていて、街並みも含め、人々に親しまれていることに感動したんです。最近でこそ日本も古き良き建造物を守る気運が高まっていますが、当時は廃れる一方でしたから。

帰国後、アイスクリーム店の店長に始まり、とび職、電気工事、造園、庭師、現場監督など、建築関連の仕事を転々としていくうちに、だんだんと大工仕事に興味を持つように。でも、現場監督というのは、設計士が描いた図面どおりに建物をつくるために作業員をマネジメントする立場。それではダメで、自分で納得できる家をつくるには、自分が手作業する立場になるしかないと。そして24歳の時、住み込みで大工の修業に入りました。

6年間の修業で、職人の技と知識を習得し、家づくりへの思い・理想の基盤を構築

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事務所の隣にある100坪の作業場には、三重県産の 材木がずらり。設計段階で必ず製作するという模型 を確認しながら、弟子入り7年目の大工・大村さんと打ち合わせ

修業中は指示された作業をこなしながらも、親方や職人の動き方、造作のおさまり具合などを目で盗むことに集中。そして大工道具が上手に使えるようになるため、朝は30分前に現場に行き、昼休憩は昼寝を我慢、帰宅後の夜、とにかく時間をつくっては練習し、道具を研ぐ毎日でした。一番大変だったのは、手が作業に慣れるまで。勘というか、コツをつかむことですね。たとえば釘を打つにしても、最初は力任せですが、ある程度こなすと力を入れずにスッと入るようになる。研ぎも同じで、納得の研ぎを体が覚えていくんです。柱が削れるようになるまで2年、大工だと自負できるようになるのは5年を過ぎてやっとでしょうか。

休みの日には建築に関する勉強はもちろん、明治・昭和初期の建物を見学に行き、内部までこだわった和洋折衷の空間の魅力にひかれていきました。フランク・ロイド・ライト氏を知ったのは、そんな修業中のこと。僕が興味あるだろうと、妻が特集番組を録画してくれていたんです。ライト氏は着物や浮世絵などの色彩豊かな日本文化に影響されて、和洋がミックスした建築を数多く手がけている。もう感動して興奮して、何十回も繰り返し見ましたよ。住み継がれない無機質な魅力のない家ではなく、ライト氏のように、有機的な家をつくりたいと。

伝統工法と和洋融合による日本の良き建築文化。それを後世へ伝えるのが使命

ずっと材木を見て育ちましたから、やはりDNAなのでしょう、木に対する愛着が強いんです。独立後は、三重県産の品質の良い木材だけを使用し、ボルトを使わない日本の伝統工法・木組みで、時がたつほどに味わいが深まる、そんな色つやのある家づくりにこだわっています。そのほかにも、フランク・ロイド・ライト財団の認定を受けた「オーガニックハウス」を始め、伝統的木造建築、古民家再生など、住宅から店舗、ログハウスまで、幅広い分野の設計施工を手がけています。

自分ひとりなら、年間1棟を建てれば食うには困りませんが、スタッフがいるのでそうはいかない。修業中に親方から「職人というものは、人から人へ伝えるべき役目がある。ちゃんと次代へお返しするんだぞ」と、つまり弟子を取れと言われていました。僕も、一生の間に何棟か建てればいいという、自己満足で終わりたくないと思っていたので、若い人を雇っています。経営者としてのバランスを取りながら、後世に受け継がれる家づくりと人づくりに励んでいるところです。

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 鈴木 貴志

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    親方が「自分は7年で独立した」というので、じゃあ自分は1年早い6年で独立しようと思っていました。独立したきっかけは、知り合いから、ボルトを使わない、日本伝統工法の木組みの家をつくってほしいと依頼があったこと。親方に頼んだら「うちではやらん」と。親方のところは、ボルトを使用する木造建築が主でしたから。それじゃ、独立して僕がやりますとなったわけです。日本に増えてしまった無機質な住宅ではなく、その土地の景観に溶け込むような、孫の代まで 愛される家づくりを目指して独立しました。

  • 開業資金は?

    開業資金は700万円です。大工道具はすでに自分のものを持っていましたが、大きな工作機器、トラックなども必要でしたので、それらに500万円。運転資金に200万円です。ちなみに業界では一般的に、運転資金は住宅2棟分(5000万円)くらいは用意するのが理想といわれています。が、それはまったく無理でした(苦笑)。

  • 開業資金はどう集めた?

    全額、国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)に借りました。

  • 周囲の反応は?

    親方はもちろん、業者の人たちも快く応援してくれました。妻は心配していたと思います。木組みの伝統工法なので、地元の同業者とは差別化できていましたし、出すぎるクイは打たれないのか(笑)、反対意見はほとんど聞えてきませんでした。

  • 不安だったことは?

    自宅も作業場も独立前に自分で建てていましたし、仕事ですでに住宅を何棟か手がけていたので、技術的な不安はありませんでした。また、運転資金が少なかったことは不安でしたが、家へのこだわりを強く持っているお客さんは、現金でお支払いという方も多くて助かりました。独立後は営業せずとも、様々な方からお声かけいただき、仕事が入ってきていました。でも、それがいつ途切れるかとずっと不安でしたよ。その不安をかき消すように「どんな小さな建物でも見てくれる人はきっといる」と信じて、仕事に集中してきたんです。

  • 役立った情報源は?

    6年間の修業で会得した技術と人脈です。独立する前から、日本の伝統的な大工・左官・建具などの職人の技を現代に生かそうと活動している「木の家ネット」にも参加していましたので、その仲間からの情報は役立ちました。伝統工法の強度、耐震性、安全性を確かめるために、大学の研究会や勉強会にも参加しました。2000年には、フランク・ロイド・ライト財団認定の「日本ユーソニアン21」に入会。かたちだけ真似するような商業目的ではなく、本質の部分でライト氏の思想を広めようという団体です。昨年は財団のツアーで、ライト氏の建造物を50棟くらい見学してきました。今でも日々勉強は欠かせません。

  • 相談相手は?

    「木の家ネット」の創設者であり、愛知万博の人気パビリオンのひとつ「サツキとメイの家」を建てた中村武司さんを始め、同業者の皆さんです。でも事前に相談というよりは、事後に相談することのほうが多かったかな(笑)。

  • 独立して一番困ったことは?

    4年前、資金繰りに四苦八苦したことです。3つの商談を同時進行していたのですが、3棟共、計画が半年ずれてしまって。業者への支払いを遅らせるわけにはいきませんから。銀行に2000万円借りて、何とかしのぎました。

  • 独立して一番良かったことは?

    自分の思う方法で、お客さんとじっくり話をしながら、家をつくれることです。世代を超えて受け継いでいきたいと思ってもらえる家を目指していますから、施主さんやその家族に喜んでもらえることが一番の喜びです。伝統工法にこだわっているので、同じような思いを持った職人や建築関係者、建築に興味のある知り合いが広がったことも嬉しいです。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    自分のやりたいことがあるなら、その世界へ自分から飛び込むしかありません。待っていても何も始まらないですから。本気で挑めば、できないことはないと思うんです。また、やりたいことがわからない、決まっていない人は、ある程度の区切りを持って生きたほうがいい。僕は若い頃に知り合いから「25歳まで好きなことをしてやりたいことを探せ。25歳からはひとつのことに一生懸命打ち込め」と言われたんです。その言葉が頭の隅に残っていたのでしょうね。だから24歳で修業に入ったんだと思います。

開業
1999年11月

開業資金
700万円

従業員数
7人

年間売上高
1億円(2008年12月見込み)

アクセス
http://harukichi.jp/


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