くぼた・としや / 山梨県出身。高校卒業後、居酒屋、精密機械メーカー勤務を経て、妻と共にゲストハウスを開業。古民家の改装は、一部の水道の配管以外を自分たちで。ものづくりはもともと得意分野で、今も家のあちこちを変貌させることを楽しんでいる。
1階部分は、窪田さん夫婦とお客さんが交流するスペース。この古民家に放置されていた家具は再生して利用。風情あふれる引き戸など、すべて別の古民家からのもらいもの
田舎暮らしをしながらそこで仕事をしようと、妻と一緒にやろうと決めてから、実際に開業するまで4年もかかってしまいました。以前からお互い旅好きで、旅行をするなら豪華なホテルではなくアットホームな宿を探して、その土地の人との交流や食べ物を満喫する旅を続けていました。ボーッと滝を眺めているだけの旅もありましたね。会社員時代も休みになるたびに出かけていたのですが、そういえば、地元の山梨には安く泊まれる宿があまりないなと気づいたんです。「だったら自分たちで、ゲストハウス形式の、お客さんにホッとしてもらえるような安い宿をつくってしまえ」と。
それからは旅に出た先々で、ついつい古民家探しをしてしまうんですよね。全国を回りながら山梨でなかったらどこかと、ふと考えることがありましたが、行き着いたのはやっぱり地元の山梨。僕は甲府、妻は河口湖の近くに実家があるんですが、「生まれ育った山梨をじっくり見つめたいよね」と、これもふたりの意見が合致しました。それで見つけたのがこの家なんです。でも、当時はあり得ないくらいのボロボロ……。廃屋同然の古民家だったんですよ。
ゲストハウスの南側斜面は畑。それを借りて野菜やハーブを育てているので、ふたりの生活は、ほぼ自給自足。つくっていない野菜は地域の人たちがわけてくれるそう
開業まで4年もかかってしまったのは、物件探しと、物件の改装に時間が必要だったからです。それにしても、4年は自分たちも予想外。「この場所で本当に良かったのか?」と不安になったこともありました。20年間使われていなかった家とは聞いていたのですが、畳をめくったら、その床下の組み材までブヨブヨ。家の土台となる基礎も傷んでいましたので、「こうなったら改装というより、外観だけ残して基礎からつくり直しだ!」と。
もともとものづくりが得意で、やってみたくなったというのも本音です。屋根の吹き直しもやりましたが、お金をかけたくなかったので、廃材のトタンなどをもらってきては少しずつ。だからよく見ると屋根も外壁も、いろいろな廃材のパッチワーク状態。「いや、そこが素敵」「かわいい」と言ってくれる人も多いんですよ。色のトーンは茶色系でと、それなりにこだわりましたしね。この家の大家さんも好意的で、「廃屋同然の家だから、どんなことも好きなようにして」と。まだ先のことですが、この家を引き継ぐ親族もいないらしいので、土地ごと売ってもらうことも検討しています。
集客に関しては、ホームページやブログを工夫して、「ここがどんな宿なのか」具体的なイメージがわくようにつくり込みました。改装の様子、この土地の食べ物や季節ごとに移ろう大自然など、多数の写真を使って紹介しています。料金は、自分たちと同じように「宿代にできるだけお金をかけず全国を旅したい」という人たちをターゲットにして設定。布団付きの素泊まりで2500円。バイクでツーリングしている人は寝袋を持ち歩いているケースが多いので、布団ナシの素泊まりは2000円です。
食事は提供していません。というのも、周りは田舎然とした風景が広がっていますが、車やバイクで15分も走れば韮崎の街中まで行けるからです。食べ物はお客さんの持ち込みで、友人の家で気軽に泊まるような感覚で過ごしてもらうという形態ですね。これが案外、お互いに気を使わなくていいので好評です。またゲストハウスで開業する場合、旅館業法にもとづいた保健所への届け出が必要なんですが、食事も提供するとなると、キッチンを食品衛生法にもとづいたかたちで工事して、設備を整えなければ食品営業許可が得られません。そういう意味では、できるだけ負担を減らすための手法でもあります。自分たちの食事は家の前の畑も借りて様々な野菜やハーブを育てているので、それで十分まかなえるほど。野菜中心のほぼ自給自足生活ですね。
まず、自分たちが望む生活がしたいと思ったことが、そもそもの始まりでした。会社に勤めていた時、やりたいことと、やっていることの違いに何かしっくりこない感情を抱いていたんです。でも、それを不満に思っているより、やりたいことがあるならやったほうがいいと。それで自然に囲まれた環境の中で、生活と仕事の両方ができればと、古民家を探し始めました。そこから開業まで、予想以上に時間がかかってしまったんですが(笑)。
400万円くらいです。家の改築に350万円、残りの50万円は布団など、宿としての備品購入に使いました。
ふたりで会社員時代に貯蓄していたお金なので、すべて自己資金です。
両方の実家が自営業なので、「やりたいことなら頑張ってやってみなよ」という雰囲気でした。改装を始めてからは、「どこそこに使える廃材がある」とか、時には「こんな家具を拾ってきた」と持ってきてくれたり。友人たちの中には、「ゲストハウスって何なの?」「畑もやるなんて、そんなの無理だよ」と言う人もいましたが、心配してくれているから出てくる言葉だとわかっていました。その後、この物件を見つけて改築を始めてからは協力してくれる友人がどんどん集まってくれました。
この場所は観光名所ではりませんから、お客さんが来てくれるかどうかが本当に不安でした。山梨には河口湖や清里、八ヶ岳もあるのに、「なぜここなのか?」って、それもよく聞かれます。まだ開業して1年と少しですが、この間に二度三度と来てくれたお客さんもいます。1カ月間滞在していった若い女性は、ほぼ共同生活者ですね(笑)。長期滞在してくれたのは、この宿を居心地がいい場所だと感じてくださった証拠。自分たちもそんな場所をつくることが目的で開業したんですから、それは本当に嬉しい出来事でした。
開業にいたるまで、自分たちが各地で泊まり歩いたゲストハウスと、そこで出会った人たちとのつながりそのものが情報といいますか、開業を決意した時の心の支えになりました。すごく難しいことにトライしたとは思っていません。重要な情報を教えてもらうとか、お互いに必死で勉強するとか、そういうことではないのですが、「みんながつながっている」という、そんなゆるやかな連帯感を今も大切にしています。
飲食店を経営している友人が、接客に関して「こうするといい」「こういうことはいけない」と、いろいろアドバイスしてくれました。それと、何といっても地域の人たちの協力が絶大ですね。たとえば、畑づくりにしても、「もうそろそろ、たまねぎの種をまく時期だよ」などと、農業初心者の自分たちに親切に教えてくれたり、「イベントをする時には地区の公園を駐車場として使っていいよ」と言ってくれたり。この辺りは農業との兼業で土木関連の自営業の方が多いのですが、「ちょっとアルバイトしないか」とお誘いいただくことも。どうも、自分たちののんびりした感じの生活を心配してくれているようです(笑)。その好意をしっかりと受け止めて、アルバイトに行ける日は行くようにしています。貴重な副収入になりますからね。相談相手というより、支援者って感じでしょうか。
ものすごく困るようなことは起きていませんね。あっ、そうそう、予約しても来ないお客さんが、たまーにいます。そういう方は古民家を改装した宿ということで、何かとっても素敵なイメージを抱いてくれたのでしょう。きっと実際はここまでやって来て、この家の外観だけを見て「何だか想像と違う、ボロだ、やっぱりやめた」と、そう思って引き返したのだろうとふたりで想像して苦笑しました。
お客さん一人ひとりとの出会いがなにより嬉しいことです。「自分もゲストハウスをやりたいので相談がてら泊まりに」というお客さんも、たまーにいらっしゃいます。同じ思いを抱いている者同士ですから、夜はお酒で盛り上がって、お互いにいい気分で床につけます。それと、多くのお客さんが、手紙やメールを送ってくれるんですよね。それを読む時は喜びもひとしおです。2回目以降のお客さんがお土産を持ってきてくれたり、まるで親戚のような、そんなお付き合いが始まるのも嬉しいです。
誰にでもついつい熱中してしまうことや、心が落ち着く趣味があると思います。独立して何かやりたいと思っていたら、その「自分が好きなこと」を、一度とことんまで突き詰めて取り組んでみるといいでしょう。そうすると仕事としてできることか、それとも趣味止まりにしておいたほうがいいのかが見えてくるはずです。たとえ趣味でも、真剣に取り組んでみると面倒なことや困難にぶつかります。それをも乗り越えようと、「こうしてみては」とか、「こうするとどうか」などと、労を惜しまずに取り組むことができたら、あとは勇気を出して一歩を踏み出すのみです。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報