先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


中井和美さんの写真

低価格で最高のサービスを
提供する貸衣装店

舞夢(まいむ) / 奈良県田原本町
中井和美さん(58歳)

なかい・かずみ / 奈良県出身。大手電機メーカーに12年、生命保険会社に8年勤務後、呉服会社の貸衣装部店長を経て、自宅で貸衣装業を開業。4年後に、夫が田舎暮らしを始めたため店舗へ移転。休日以外は別居だが、共に好きなことをイキイキ満喫中。

独立準備のがんばりどころ

2年間は準備期間と決め、大切なイベントにふさわしい良質な衣装入手に専念

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自身が結婚式に列席した際、着物をリメイクして洋装のドレスにアレンジ。これが好評だったので、和の伝統文化・着物を現代風に生かす楽しみ方を提案する予定

保険会社で働いていた時に、呉服会社の経営者に引き抜かれ貸衣装部門の店長に。和裁も洋裁も多少はできるし、人と話すのも好きでしたから、この仕事は自分には向いていると思えたんです。でも、自分がいいと思うこと、やりたい方法を貫くのは、雇われの身では難しい。いつか自分で貸衣装ビジネスを起業したいと、1年後にその呉服会社を退職しました。

友人や知人に「こんな夢があるの」と話をしたら、いろんな人を紹介してくれて。ドレスメーカーさんや群馬県桐生の呉服屋さんから最高級の花嫁衣裳を譲渡したいと打診をいただいたり、たまたま旅行先で七五三の子ども服メーカーさんと巡り合ったり、どんどんご縁がつながっていったんです。ある日、占いが得意な知り合いが、「事業を始めるなら2、3年後がいい。今はドン底だから準備期間にしなさい」と。確かに自己資金はゼロ。まずはいろんなアルバイトで稼ぎながら、自分がいいと思える高品質の衣装を少しずつ買いそろえていきました。

自宅で開業後もアルバイトを継続。しかし4年後、自宅での事業継続が不可能に

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友人のアドバイスで、天井の断熱・防音材を包む4mもの"ふとん袋"38枚を中井さんがミシンで縫って経費節約。ロフトのステンドグラスは知人の厚意で格安に

不思議なことに占ってもらったちょうど2年後に、同居していた母が「独り暮らしがしたい」と家を出たんです。ふたりいた娘はすでに独立。庭付きの広い自宅に夫婦ふたり暮らしになってしまった……。寂しくて落ち込んでいた私に、夫が「だったら自宅を使って開業すれば」と。確かに、この周辺には貸衣装店がない。自宅なら家賃も不要だし、経費をかけずに無理せず始められる。夫のそのアドバイスで開業を決意しました。

「アットホームな雰囲気で落ち着いて選べる。そのうえ衣装の質も良く低価格」とお客さんには好評で、評判がクチコミで広まっていったのです。庭で撮影もでき、結婚式を望まない人たちにも喜ばれました。私はその間も、早朝や夜間を使って、居酒屋の皿洗い、スーパーの早朝スタッフなど、いろんなアルバイトをしてレンタル用の衣裳を増やしていきました。ところが開業4年後の2006年、前々から田舎暮らしがしたいと言っていた夫が、定年退職を待たずに三重県の名張に念願のログハウスを建てたので、自宅を出なくてはならなくなって。それで専門の店舗を借りることに。それ以来、私は店のロフトで寝起きして、お店の休みの前夜から夫が住む名張へ帰るという単身赴任のような生活なんですよ。

大手にではできない、ニッチなサービス&きめこまやかなブライダルコーディネート

成人式の繁忙期だけは助っ人を呼びますが、通常は着付け、ヘアメイク、写真撮影、アルバムの編集制作まで、私ひとりでこなしています。結婚式はしないけれど写真だけを残したい人たち、中高年世代の再婚記念など、そういう方々の力になりたいから、ホテル式場や大手写真館にはできない品ぞろえ、低価格のサービスを提供しています。私の友人や知人に声をかけると8名くらいの専門家チームができるので、経費を抑えた心温まるウエディングパーティーの企画・準備も。今の若い人たちは発想も自由で、オリジナルな結婚式が増えていますよね。私の娘も結婚式で屋外ライブをしたし(笑)。そういう、その人たち"らしさ"を大切にしたいんです。

そうそう、新婦がドレスで、新郎が白の紋付を希望された時には、紋付のひもをビーズにアレンジしてとても喜ばれました。ものづくりが得意な私ならではのアイデアをプラスして、ただ素敵な衣装をお貸しするだけではなく、できる限り低価格でふたりらしい特別な思い出をつくるためのお手伝いをこれからも続けたいです。

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 笹木 淳

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    呉服会社の貸衣装部門で店長を任されたんです。3フロアもある大きな店でしたがスタッフはなんと私ひとり。やりがいは感じましたが、商品も古いし、品質も良くなく、私には不満でした。貸衣装って、七五三、成人式、結婚式など、人生の中でも特別なイベントの時に利用する、いわば大切な思い出を飾るものでしょう? どうせ着るなら、本当にいいもの、高品質なもので、その人に一番似合うものを着てほしいという私の思いと、経営者とは意見の相違があったんです。衣装を貸して、お金をいただいて終わりじゃなく、そこから付き合いが始まる、そう感じて。もっと人と人とのつながりを大切にしたい。それで、自分でやろうと思ったんです。

  • 開業資金は?

    250万円くらいです。文房具や雑貨などで30万円、残りは衣装の仕入れ代金です。ただ、衣装は一気にそろえたのではなく、自宅で開業する前の2年間、そして開業後も、朝晩などにいろんなアルバイトで働き、その収入を使って少しずつ増やしていきました。自宅で開業してから4年後、自宅を出ることになって現在の店舗を借りたのですが、その開店の際に改装費用などを含めてトータルで400万円ほどかかっています。なるべく内装費を抑えるために、家族や昔からの友人・知人も手伝ってくれて、壁を塗ったり、断熱材をはめこんだり。丈夫なハンガーラックや着物棚などは、日曜大工が得意な夫がつくってくれました。

  • 開業資金はどう集めた?

    それまで働いて貯めた貯蓄です。開業後も4年間はアルバイトも続けて衣装の仕入れ代金に充てました。店舗を開いた際にかかった400万円は、自分の貯蓄から100万円、残りは国民生活金融公庫や地元の信用金庫から融資を受けました。実はこれは予想外の展開で、当初は、どこかに安い土地を買ってプレハブでも建てて事業を継続しようと考えていたんです。そのための資金1000万円を融資してほしいと金融機関に申し込んだのですが、「50歳を過ぎてそんな冒険したらアカン」と、どこも融資してくれませんでした。それからしばらくして、信用金庫の営業担当が、「いい空き店舗がある」と教えてくれて。その店舗を借りることを条件に、融資を受けることができたのです。本当にラッキーでした。

  • 周囲の反応は?

    家族も友人も応援してくれました。以前に勤めていた呉服会社の経営者も、「コーディネートから、洗濯、修理、リフォームまで、ひとりでこなしてきたあなたなら、きっと大丈夫」と言ってくれて。ただ中には、「もういい年なのに、なんでこんなしんどいことすんの?」と言う人もいましたよ(笑)。自宅から店舗へと移行した時に、「家族がバラバラになるね」と私がぽつりと言ったら、娘が「それぞれ好きなことをしていて楽しそうだし、何かあればみんな集まる。私たち家族はきずなが強いから大丈夫よ」って。ポンと背中を押された感じでした。今では夫もすっかり田舎暮らしを満喫しているようですし(笑)。

  • 不安だったことは?

    最初は自宅で無理しない範囲の経営をと考えていたので、特に不安はなかったです。勤めていた呉服会社には気を使って、当時のお客さんに声はかけていません。まずは自宅周辺に自分でポスティングして、徐々にお客さんを増やしてきました。店舗を構えてからの不安は、やはり資金繰りですね。少なくとも賃料が毎月出ていくわけですし、貸衣装は季節によって波があるので。今ではお客さんが少ない時期は、いろいろ勉強ができる時間だと、前向きにとらえるようにしています。衣装が映えるよう、お肌もキレイにしてあげたいのでエステの手技を習ったり、撮影のための照明技法、画像編集・印刷などパソコン関連の勉強もしているんですよ。

  • 役立った情報源は?

    呉服会社での店長経験に限らず、今まで多くの仕事をしてきた職場経験、そしてそこで知り合った友人たちからのアドバイスです。また、勤めている時に社内の研修や勉強会なども数多くありましたから、今の仕事とは直接の関係はありませんが、きっと何かしらプラスになっていると思いますね。ビジネスに関係なく、いろんな人に会う、話す。そこから生まれるつながりが大切だと実感しています。起業してからは、女性起業家交流会などのセミナーにも参加しました。

  • 相談相手は?

    やはり友人や家族です。「いつか貸衣装ビジネスをやりたい」と言ったら、友人や知人がいろんな人に広めてくれました。そのおかげで必要な時に必要な情報が入ってきたり、タイミング良く人との出会いがあったり。すべては人とのご縁で、人との出会いが何かにつながっていると思います。今でこそ必要に迫られて、夫の知り合いに指導してもらってパソコンも使えるようになりましたが、最初は娘にチラシやDMをつくってもらっていました。自分で撮影もしようと思った時には、主人が一眼レフをいろいろ調べてくれましたし。そういった意味で友人と家族は、相談相手というより最高の協力者です。

  • 独立して一番困ったことは?

    うまくいっている時って、課題や問題点をあまり考えないものですよね。困った時って、何かを勉強しなくちゃいけない合図、チャンスだと思うんです。そこであきらめたら終わり。たとえば、ずっと写真撮影をしてくれていたカメラマンが事情で来てもらえなくなった時も、「今後は撮影しません。貸衣装だけです」と私が決めたら撮影のサービスは終わるわけです。でも私は、少しでもお客さんに安い予算で素敵な思い出を残してもらいたい。それなら、私が勉強して撮影できるようになればいいんだと。一眼レフを買って練習して、パソコンで編集もできるように勉強しました。ちゃんとプロに撮ってもらいたいというお客さんには、もちろん写真屋さんを紹介しています。素人の私でも構わないというお客さんは店内で私が撮影しているんです。「かえって緊張しなくていい」と言われることも(笑)。

  • 独立して一番良かったことは?

    衣装の返却の時に、「すごく良かった、ありがとう」と言っていただけるのが何より嬉しいです。結婚式にそんなにお金をかけられない、事情があってふたりだけで結婚式をする、手づくりのパーティがしたい、そういうお客さんと一緒になって考えて、ベストを尽くすのが私の役割だと思っています。利益は少ないですが、嬉しい驚きもしばしば。自宅で取れたお野菜とか、手づくりのお菓子とか、写真を送っていただいたり。こんなに人に喜んでもらえるビジネスを私はしているんだと。それを実感できることが一番嬉しいですね。それと、お宮参りの着物から始まって、七五三、親戚の結婚式用にと、ずっと続けて利用いただいているお客さんもいます。将来、子どもの成人式、結婚式とずっとご利用してくれたら嬉しいですよね。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    自分自身の考え次第だと思います。できないかもしれないとあきらめるのではなく、やろうという気持ちを貫くこと。ええかっこしないで、自分でできることから頑張る。それしかないですから。それと普段から、周りの人とのつながりやご縁を大切にすることです。その関係が後々に大きな支えになってくれますから。それともうひとつ。主婦なら仕事も主婦業もきっちり両立するには限界があると思うんですよね。主婦業ってきりがない24時間労働ですから。精神的にも「家庭をおろそかにしている」と思うとつらくなるでしょ。だから、主婦業をうまく手抜きする方法を自分で見つけること(笑)。その分は、休みの日や暇な時に取り返せばいいんですから。そうやって家庭を大事に思っていれば、家族にはちゃんと伝わるものです。

開業
2002年4月(店舗へ移転2006年6月)

開業資金
250万円

従業員数
1人

年間売上高
300万円(2007年12月実績)

アクセス
http://www.rental-maimu.com/


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