やまもと・やすのり / 愛媛県出身。日本電気に約30年勤務し、ものづくり・人づくりに従事。地元では青少年委員として地域貢献も。幼少の頃から野球が好きで、ソフトボールチームでも活躍。独立後は多忙のためシニアチームに異動し練習生で参加。
温度湿度を日々分析し、伝統の“朝練り即打ち”“土三寒六常五杯”を大切に打ちたてを提供。製麺室は通りに面し、国産小麦・自家製麺のこだわりをアピール
人って、おいしいものを食べると笑顔になるでしょ? それがいいなぁと。人に接することも、料理も好きだったので、脱サラするなら飲食業で独立したいと考えていました。ただ、もう50歳を過ぎていましたから、長期の修業が必要なフレンチや日本料理は無理。何がいいかと漠然と考えていた2004年の夏頃に、製麺機メーカーが主催している「e-さぬきうどん教室」という無料の通信教育を見つけて受講したんです(現在は有料)。秋には5日間の講義実習も受けてみて、讃岐うどん店で独立しようと気持ちが固まりました。四国出身者にとって、讃岐うどんは特別な思いがあるんですよ。
ただ当時はまだ会社員。“立つ鳥、跡を濁さず”の気持ちで、退職したのは翌年の3月末。本格的な独立準備に取りかかれたのは退職してからです。開業までのスケジュールや店のコンセプト、店名などは考えていましたけどね。
人気メニューのひとつ「エビ天ぶっかけ」。うどん300gに、手間暇かけた濃厚なダシ、揚げたての野菜天と長さ20cmはある特大エビ天2本入りで950円
退職後は即行動しました。開業セミナーに参加したり、会社の後輩が数年前に中華料理店で独立していたので、話を聞きに行って、何度か接客を手伝わせてもらったり。ほかにもいろんな店を訪ね、店主にじかに話を聞いて回りました。並行して物件も数件、見に行きましたね。この場所がいいと思ったのは、近くに相模原市役所、周囲は公共施設や大きなマンションもあり、店の広さもちょうど良かったから。でも決める前に、僕は朝昼晩の3回、店の前の交通量、店前の人通り、近くの和風レストランの客数を測定しました。この数字が今はどうかというと(笑)、あまり参考にならないなぁ。当時はただ単に自分で把握しておきたかったんでしょうね。
物件を正式契約する前に、香川県にあるうどん店で約1カ月間修業してきました。朝から夜まで、体力的にもきつかったですが、いい経験になりました。実際に作業する際の動線もよくわかったので、店の設計やレイアウトを決める段階でも大いに役立ちましたね。
店が完成してもすぐには開業しませんでした。家族や友人知人に頼んで食べに来てもらい、意見を聞く試食会を連日20日ほど。その後もまだです(笑)。看板を揚げず、ひっそり営業するプレオープンの期間を1カ月設けました。家賃や経費を考えれば、「店が完成したらすぐに開業すべき!」と言う人もいるでしょうが、レジ打ちまで含めてしっかりオペレーションして、ある程度できてからグランドオープンしようと決めていたんです。お金をいただくなら、おいしいのは当たり前で、どれだけ笑顔が引き出せるか、気持ち良く帰ってもらえるか、ですから。
僕は本当に多くの人に助けられてきました。会社員時代の先輩後輩、趣味の仲間、家族にもね。見返りなんて考えず、常に真剣に接してきた。そのおかげで今があるのかと思います。人と人の繋がりを大切に、これからも心を込めて、笑顔でおいしいと喜んでもらえるよう頑張ります。
60歳を超えても元気に、やりがいを持って働きたい。自分も家族もずっと幸せでありたい。そう考え、定年を待たずに、体力も気力もあるうちに始動しようと思っていました。職業人のラストステージとして、飲食業を始めるなら何がいいかと考え、調べているうちに見つけたのが讃岐うどんの通信教育でした。讃岐うどんは僕にとって思い出深い食べ物なんです。今の若い人は知らないでしょうが、かつて四国と本州を結ぶ宇高連絡船というのがあって、故郷の愛媛に里帰りする時はいつも乗船していました。その船のデッキで食べたのが讃岐うどん。味はともかく、故郷に帰ってきたという喜び、あの幸せな感覚は30年以上たった今でも忘れられませんね。
約1000万円です。店の入り口までしか水道、ガス、電気は通じていなかったので、それらも含め内装工事で600万円。厨房設備、エアコンなどで200万円。備品で100万円。数回の実習研修費、香川での研修費、交通費、宿泊費、開業セミナーの参加費などで100万円くらいです。最初の内装見積りはもっと高額だったので、天井板を付けず、引き戸はネットで古材専門店を見つけるなどして予算軽減に努めました。ケヤキの大きなカウンターやイスは、かつて共に地域活動していた仲間の家具工房で格安につくってもらい、大きな額に飾っている店のコンセプトは、会社の先輩だった書道家に書いていただいたりと、知り合いのご厚意にも助けられました。経費節減と、自分の店に自分も手を入れたいという思いから、一部の壁は僕が塗りました。
退職金です。勤めていた会社に当時、50歳以上から適用されるセカンドキャリア支援制度、いわゆる早期退職制度があり、それを利用して退職しましたので。最長2年間は給与が支払われるその間に、学校へ行くも良し、次のステップを見つけようという制度です。僕は早く開業準備に取りかかりたかったので、2年を待たずにすぐ退職しました。当時の制度なので、現在もあるのかわかりませんが。
様々でした。よく決断したなぁとも言われましたし、なじみの店のご主人から、さっそくアドバイスをもらったり。妻に伝えたのは退職の5カ月前、僕の誕生日でした。高校3年生の三男が大学受験を控えていた時期で、住宅ローンも残っていましたから反対されましたね。妻は現在、店を手伝ってくれていますが、正直、今でも反対なのかも知れません。言いだしたら聞かないと、あきらめているかな(笑)。3人の息子は応援してくれています。ほかにも応援者というか“広報・営業担当”はたくさんいますね(笑)。僕が会社を辞める前から書き始めた「開業日記」ブログ、開業後の「奮闘記」ブログの読者も応援してくれましたし、今でもお客さんの中には読者も多いですよ。
今でも不安ですが、プレオープンの前が一番不安でした。それは大きく分けてふたつ。ひとつは、お客さんに喜んでいただけるものを提供できるか。もうひとつは、提供できてもお客さんが来てくれるか、でした。本場の店で修業したし、店ができてからも開店せずに試食会を20日ほど続けたし、その後もひそかにプレオープンして、正式なグランドオープンまで1カ月みっちり経験を積んで準備もしました。それでも不安はぬぐえず、店から離れるのが怖くて、フロアに寝袋で泊まったこともたびたびです。不安を解消するには、経験を積んでいくしかないし、それでも不安はつきませんよね。とにかく、前向きにやるしかないです。
うどん学校、製麺機メーカーの方々、本、友人知人、経営者から直に聞いた話などです。飲食店開業セミナーや、業種は違うけど何か参考になるかとオンラインショップ創業塾セミナーにも参加しました。自営も飲食も素人ですから、知らないことだらけで、どんなことも吸収しようと思って。それも楽しかったですよ(笑)。ただ、物件選びにしても、何にしても、独立開業の成功方程式はないですよね。情報を収集して、自分で考え、自分で決める、それしかない。実技はやはり、うどん学校の講義実習、模擬店、香川での修業、それと2カ月近く続けた試食期間とプレオープン期間での実体験、経験ですね。
会社を退職してからは積極的に動いて、いろんな人に会いに行きました。うどん店巡りは数知れず。うどんに限らず飲食店の店主、いろんな業種の経営者にも会いましたね。たとえば、店のレイアウトを見てもらって意見を聞いたり。最初の図面は、僕の動きやすさ、作業の動線を最優先したつくりだったのですが、お客さんの目線ではどうか、と。それで何度も変更して、納得するレイアウトになりました。開業後の相談相手は、同じうどん学校で学び、今独立している店の大将たちです。そういう同志は何人かいます。良き相談相手だし、励みにもなります。
たぶん僕は本当に困ったことはないと思います。困った、と言えば、何でも困ったことになってしまうから。たとえば、お客さんが少なくて困った、って言っても増えないでしょ(笑)。困ったと思うより、どう改善しようか考えるほうが先だから。日々のデータを取って、分析して、問題点を洗い出して改善策を練るんです。不定期でも、そうすることで新たな課題や目標が見えてきますよ。
最大の目的は、お客さんの“おいしい”という笑顔が見たいことでしたから、それが今、見えていることです。開業当初のご祝儀的な来店だけでなく、旧知の友人が食べにきてくれるのも嬉しいし、お客さんがクチコミで広めてくれるのも嬉しいです。そうそう、お昼時のピーク時は無理だけど、僕はできるだけお客さんと話したいので、オープンキッチンにしたんです。お客さんを上から見下ろすことがないよう、厨房の床の高さをカウンター側の床から15cm低くしました。同じ目線の高さでお客さんと話せる、笑顔が見られる、それが幸せですね。リピーターが多いので、全メニュー制覇ラリーや、麺マイルなどのポイントカードの提供を始めて好評を得ているのも嬉しいです。初めてのお客さんをどう増やすか、は今も課題なのですが。
なぜ、会社を辞めてまで、安定した収入をけってまで、それをやるのか。その答えをきちんと言えますか? 人に聞かれて、その答えをちゃんと言えるかどうか、心の整理がついているかどうかが大切だと思います。もちろん、その答えは独立後に変化したり、いろいろ肉付けされていくでしょう。それでいいし、自然なことだと思います。独立するに当たって店のコンセプトや方向性を考える、なんてことは当たり前で、その前に、なぜ自分はやるのかという哲学、信念を持つことが必要ですよ。ちょっと偉そうなこと言っちゃった(笑)。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報