かとう・まき / 島根県出身。短大で秘書検定を取得。卒業後は県庁、ケーブルテレビ、商工会連合会に勤務し、26歳で結婚。愛娘・心ちゃんが3歳の時に起業し、2年後には鳥取県米子市に2号店も出店。得意料理は夫の好きな和食と娘の好物ハンバーグ。
すべてのハンガーには手づくりの布を巻き、床は赤ちゃんがなめても害がない塗料不使用のムク材にするなど気配りが随所に。店内で年2回イベントも開催
赤ちゃんを抱っこしながら子ども服を選ぶママは大変ですよね。ゆっくり見たいけれど、汗はかくし、おむつなどの荷物も多い。ちょっと大きくなると、子どもはすぐ飽きてしまうし。子連れでも安心して、身軽にお洋服が選べればいいなぁと。靴を脱いで上がれるフロアなら荷物も赤ちゃんも床に降ろせる。ママがお洋服を見ている間に子どもが遊べるものや、ベビーカーを置けるスペース、使いやすいトイレもほしい。実店舗に行けないママにはネットショップも嬉しい。そんな私自身が消費者の立場で思っていたことをすべてかたちにしました。
とはいえ、初めは起業する気はなかったんですよ(笑)。ちょっと話を聞いてみようと気軽な気持ちで、いつもインターネットで利用していた大阪のお店へ遊びに行ったんです。いろいろ話しているうち、スタッフの方が私の好きなブランドのメーカーに電話してくれて、なんと急遽、社長さんに会えることになり、その足でベビーカーに娘を乗せてその会社に出向きました。
南仏プロバンスをイメージした温かみある2階建て。10代後半?ママのための洋服や雑貨も豊富。周囲はショッピングモールや大型書店もある人気スポット
その社長さんは、私がそのメーカーの子ども服ブランドのファンであることを喜んでくださって、開業する時期は季節ものが入れ替わる3月か9月がベストなこと、納品は注文の半年後だからその時期に合わせた展示会で注文しなくてはならないことなど、とても具体的に教えてくださって。そのうえ、ほかのメーカーさんもいくつか紹介していただきました。
でも、今うちの店のメイン商品になっているブランドを展開しているメーカーには、紹介なしのアポなしで企画書を持ってうかがいました。アポがなかなか取れない、門前払いされることも多いと有名なんです。場所は神奈川県の郊外でしたが、とりあえず企画書や銀行さんからの推薦など、できる限りのものを持参しました。その時は社長さんに会えずに日帰りしてきたのですが、数週間後に社長さんから直接電話があって、「契約しましょう」と。新規の契約を取らない、新規のお店は絶対に無理だと言われていたメーカーさんでしたが、「企画書が良かった。あなたを信じます」と言っていただいたんです。
土地も人気物件でしたが、企画書が評価され地主さんに選んでいただけました。ただ、これが設計士指定の条件付き物件で、設計段階が大変でしたね。どんなに細かく希望を伝えても、満足な図面が上がってこないし、何度も直しをお願いしているうち、設計士もイライラしたのか「店なんて単なる箱でしょう」と。これはもう根本的にかみ合わないと違約金を支払って、別の設計士さんに依頼し直したんです。
2人目の方は、「実際の洋服を見せてください」から始まり、気配りの行き届いた提案までしてくれました。遠回りでしたし、余計な経費もかかりましたが、結果的には正解で大満足。大阪へ行ったのが2月で、9月には開業……。今思えば、よく起業できたなと怖くなります(笑)。でも、知らないからこそ、消費者の立場で思うような店にできたのではないかと。ママの気持ちで、というのが何より受け入れられていると実感していますから。
出産後は司法書士の夫の事務所を手伝っていたのですが、私はオンオフの切り替えがうまくできない性格で、のめり込むタイプ。ちょっとマズいと、子育てと主婦業に専念することにしたんです。そうしたら、それがまた楽しくて。そんな私を心配してか、夫が「このままでは年を取って何も残らない。仕事でも、資格でも、何か自分のやりたいことを見つけたら?」と。毎晩のように夫はいろんな起業家さんの熱い話をするんです(笑)。あまりに言われ続けて、本気で考えるようになりました。私は娘の洋服選びが大好きで、娘と歩いていると知らないママから「その服、どこで買ったんですか?」と聞かれることも。地元では好みの服に出合えず、インターネットで購入することが多かったので、地元にいいお店があれば……、そう思ったのがきっかけです。
開業資金として1500万円用意しました。仕入れに800万円。それと、店の開店と同時にネットショップもオープンしようと初めから計画し、その開設・運営費などで150万円。私自身が地元のお店に満足できずにインターネットで探して購入していたので、同じようなママは全国にいると思っていましたから。それ以外は運転資金です。このほかに、このお店の土地も購入したので、土地・建築費合わせて4000万円ほどかかっています。
開業資金の1500万円は自己資金です。ちなみにネットショップの開設費用は、島根県の補助制度を利用でき、3分の2は県負担です。土地・建築費の4000万円は夫名義で銀行から借りました。というのも、土地購入を強く主張したのは彼でしたので。彼は……、賃貸形式が嫌いなんです(笑)。「賃貸なのと自分の土地とでは、気持ちの入れ方が違う」というのが持論なんですね。それに、かつてこの一帯は田畑だったのですが、なぜか自分が子どもの頃に「いつかここは開発される!」と夢見ていた場所らしいんですよ。どちらかというと彼にとって、ここは運命的な土地だったようです(笑)。
私自身さえ、楽しい子育てと専業主婦がこのまま一生続けばいいな、と思っていたくらいですから、みんな驚いていました。特に両親からは反対されましたね。うまくいく保証もない、販売の経験もない、あまりにリスクが大きすぎるのではないかと。親としたら当然ですよね。今もきっと心配しているでしょうが、応援もしてくれていて、週2回くらい実家へ晩ご飯を食べに行って、いろいろ報告しています。
まだ娘が3歳になるかならないかくらいでしたから、子育てと両立できるのか。それと、商品の価格帯が地元で受け入れられるのか、不安でした。あれこれ考えている時にどっと不安がよぎるのですが、いざお店の建築が始まり、仕入れやDM、Webサイトの準備などが始まると、もう日々やることに追われて精いっぱいでした。今思うと、ぞっとします。いろいろ知らずに走り出したから、ここまでこられたのかと思います。
夫、メーカーの社長さん、ふたり目の建築士の方など、周りの人たち。それと、県主催の起業セミナーですね。このセミナーでは、どうすればうまくいくか、具体案や数字的なことを学びたいと思って参加したのですが、ほとんどがマインド的な内容でした。最初はがっかりしたのですが、そこで聞いた「大切なのは“カスタマー満足度”」というのは目からウロコ。いかにお客さまの満足度を得られるか、これがすべての基本だと実感していますから。起業前に聞きたかった数字面のことや苦労話などは、その業種や地域などの条件でいくらでも変わるものなので参考にならないと思います。
一番はやはり夫です。ただ起業してからは、相談事などをなるべく家には持ち込まないようにしています。お店では、“男”していますが(笑)、自宅にいる時は、やはり良き妻でありたいし、ママでいたいんです。今は、お店のことで相談するのはスタッフのみんなです。お店の悩みはお店で解決!を心がけています。
困ったというか、精神的につらいのは、夫や娘にまで影響を及ぼすことです。自分の時間がないことは気になりませんが、家族には申し訳ないなぁという気持ちですね。まだ娘が5歳くらいの時、私が迎えに行くのが遅くなったことがあって、ごめんねって言ったら、娘が「ママ、良かったねー」って。ママが忙しい=お店がうまくいっている、とわかっているんですね(思い出し涙)。私の性格上、公私のオンオフの切り替えがつけにくいので、現在は、午前中は家事に専念、午後から店に出ています。夕方は、娘が学校の帰りに店に立ち寄ったら私の業務はほぼ終了。土日も娘の夏休みの時期も思い切って、お店はスタッフに任せることにしました。思い切りは大事だと学びましたね。
やはり、お客さまが喜んでくださること。そして、娘が応援してくれることです。食事づくりや掃除など、自宅でも家事を手伝ってくれるし、「ママは“頑張りマン”だ」といつも励ましてくれるんです。もうひと頑張りできるぞ!って元気が出てきますよね。私が仕事をすることで、娘の成長に何らかの“厚み”になれば嬉しいです。
理性だけで判断してあきらめてしまったらもったいないです。主婦で起業する場合、子どもがある程度大きくなってから、と考えるのも、もちろんありだとは思いますが、私自身は体力があるうちに始めて良かったと思っています。任せられることはスタッスに思い切って任せる、そのためにも日頃からのスタッフとの信頼関係は大切です。子育てと事業の両立はできますし、いろんな幸せを手にするために、どんどん欲張っていいのではないでしょうか。それが女性の特権だと私は思いますし、これまでにない達成感を味わえるので、ぜひ挑戦してほしいです。
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