勇気と知恵を注入します!独立ビタミンの「増田堂」
前のページへ バックナンバーへ 次のページへ
  第12回 ピンチの後にチャンスあり!
はじめに

 これから書くことは、つい最近起こった話です。表現こそ「面白ふう」ですが、その精神においてはいたってまじめです。でもやっぱり自分でもおかしくなります。些細なことを大まじめに、かつ大げさに書いている私を笑っていただければ幸甚です(笑)。


その少年は、あまりにも低速だった!

 自宅近くの細い道をブラブラ歩いていた時のこと。後方から、「ガラガラガー、キコキコキコ〜、ガラガラガー、キコキコ〜〜」と、思わず力の抜けるような、何とも弱々しい金属音が私の耳に届いてきました。何だ、この音?

 振り返ると、4歳か5歳か、そのくらいの年の坊やが、必死になってちっちゃな自転車をこいでいたのです。しかも今どきあまり見かけなくなった補助輪付き。だからガラガラと音を立てていたんですね。ちなみに「キコキコ〜」は、ペダルの油が切れているせいでしょう。まあ、正直申し上げて、性能の悪そうなチャリンコでした(笑)。それを、まだ小学校にも上がらないような男の子が、眦(まなじり)を決して、というのか凛々(りり)しいまでの形相で、それこそ全身全霊を傾注して前へ前へと走らせようとしているわけです。「いったい何がキミをそこまで駆り立てるのか!?」。そう問い掛けたくなるほどの真剣さ。

 それなのに、ああ、それなのに、彼の自転車の進行速度は、劇的なまでに遅い!(爆笑)。笑っては悪いと思って我慢したのですが、実際には我慢しようという判断がほんのわずか遅かったようで、私はハッキリと声を上げて笑ってしまいました。ほほ笑ましいというやつです。「頑張れよ、少年」。心の中で軽くエールを送り、私はまた歩き始めました。以降、「ガラガラキコキコ」は、私の散歩の伴奏みたいなものになりました。

 それから数分、いや、もっと短かったかもしれません。私のはるか後方で奏でられていたはずの「ガラキコ」音が、妙に近くから聞こえてくるではありませんか。何となくイヤな予感がして後ろを振り返ろうとした、まさにその時、少年が運転する「ガラキコ1号」が私の横をすり抜け、あああ〜と言っている間に私を追い抜いていったのです。


おごれる平家は久しからず……

 あり得ない! 私は瞬間あっけに取られたものの、すぐさま私の太もものギアをトップにたたき込んでやりました。「のろま」扱いしていた相手に逆転されるとは! それこそ高いところから見下ろしていた対象ですよ。そんな人物に順位を引っ繰り返されるなんて、私の人生にあってはならないことです。しかもこの状況、親から昔散々聞かされた「ウサギとカメ」の寓話そのものじゃないですか。オレはウサギか? まずいぜ。末席を汚す程度とはいえ、人さまに物事を教える仕事に就く私がウサギの役じゃシャレになりません。かくなるうえは、相手を軽視するような気持ちを捨て去り、全力で抜き返す。それしか私が選ぶ道はありませんでした。

 ところが「マンガかよ〜〜?」と突っ込みを入れたくなるような展開で……。何とも運の悪いことに、メンツをかなぐり捨てて勝負に出ることを決意したちょうどその地点から、道は下り坂になっていたのでした。「ガラガラキコキコ」から「キコキコ」が消えて、勝ち誇るように「ガラガラガラーーー」と音を立てて私を引き離していく少年。その差は開く一方。彼の小さな背中を覆い尽くしたリュックが、まるで私をあざ笑うかのように上下しています。さらに距離は開きます。確実に開いていきます。

 「もういいよ。走れば追い付けるかもしれないけど、それで転んでケガでもしたらどうするんだ? 冷静になれ」「とか何とか言っておまえ、戦いから逃亡しようとしてないか」。自問自答の嵐。もう『走れメロス』状態です。実際にはまだ走ってないのに、メロスを引き合いに出すのはおこがましいですが。


我が名は、敗残兵

 結局、走りませんでした。私は負けたのです。彼に負けたというより、自分に負けたのです。最後は「いい大人が、息子か孫だかのような年端もいかない相手に、何をむきになってるんだ」。こんな感じで自分にブレーキを掛けてしまったのです。

 もちろんすぐに後悔しました。男対男の戦いに、年齢差を持ち出した自分にガッカリしました。何度も『ロッキー』を見たくせに、いったいスタローンから何を学んだのかと、自分を責めたくもなりました。その一方で私なりに頭を高速回転させて、勝負をあきらめたことの正当性を示す言葉を脳内検索しまくったのですが、やはり一件もヒットせず。出てくるのは反省と落胆に関連したキーワードばかり。私は本当にトボトボとその坂道を歩き続けました。あ〜あ、悔しいなあ。ところが……。

敗北直後の意外なチャンス

 天は我に味方せり!! そう叫びたくなるよう光景が眼前に広がっていたのです。その細道は、ほどなく国道にぶつかります。そこに横断歩道があります。当然、歩行者用信号があります。信号の色は赤! 思い出しました。本線が国道だけあって、その信号はちょっとやそっとでは青にならないのです。いました、いました、ガラキコ少年。まんまと信号にとっつかまっていやがったのです。ざまあみさらせ(笑)。ウサギはおまえじゃ!

 人間なんて(というか私に限ってかもしれませんが)実にゲンキンなものです。私は本気で落ち込んでいたのですが、思わぬ天からのプレゼントに欣喜雀躍(きんきじゃくやく)。ファイト残量を示すインジケーターはうなぎのぼり。言うまでもなく結論はひとつ。再戦あるのみ! 

 これまでの人生にも何度かこういうシーンがありました。敗北を認めた直後に意外な逆転のチャンスが転がってきたりすることが。不思議なんですよね。むしろ「まだ勝てる。まだ追い付ける。まだ何とかなる」と一生懸命頑張っていると、その敗北はかえって不動のものになってしまう……。マーフィーの法則みたいなものでしょうか。


逆転勝利のカギは余力の有無

 何となく、事の本質が見えるような気もします。勝てない相手、勝てない経緯、勝てない状況。「まだまだっ」と熱くなっていると、そういう現実を見失うのでしょうね。

 私のケースで言えば、道路が下り坂に差しかかってしまった時点で、いくら相手のチャリが補助輪付きの低性能車で、運転手の体力が私未満であったとしても、やはり自転車VSオッサンの足では、優劣がハッキリしています。そうであるにもかかわらず、もし私がカッとなって走り出していれば、私は転倒して追い付くどころの話ではなかったかもしれませんし、また、転ばなくても息が上がってしまい、しばらくは動けなくなっていたかもしれません。であれば、いくら長い待ち時間の信号といえども、さすがに彼に追い付くことは不可能だったでしょう。

 余力。天が敗者にほほ笑みかけてくれる時というのは、自分の中にそれがまだ存在している時に限ります。負けたと思ったらチャンスが訪れたという展開は、その「負けた」が完璧な敗北ではなく、ひとつの局面での敗北にすぎないということだと思うのです。

 確かに瞬間的にすべてが決まってしまう勝負もあります。ですが、人生やビジネスにおける戦いというものは、得てして長期戦です。その時間軸を頭に置かず、不利な状況においてすべての力を使い果たしてしまえば、逆転のチャンスを逃すのも当然。

 経験の浅い経営者や起業家は、どうしても短期決戦的な思考に陥りやすいものです。「ここを何とかしなければ次がない」と……。しかし、そんな切迫した気分に日常を支配され続ければ、時間の問題で身も心もボロボロになり、結局は「本当にどうにもならない」ことになりかねません。あるいは無理がたたって即、撃沈ということもあり得ます。

 起業してからの人生は長い歳月です。常日頃は「さあ起業しろ、独立しろ、やってみろ!」と、叱咤激励を飛ばしている私ですが、やった結果がすぐに万歳では困ります。だから、「全力を尽くして仕事に臨め!」と言いつつも、本当のところは「でも予備タンクのガソリンまでは使わないでね」と言いたいのです。長持ちしてこその、長く続けて自己成長やステージの高まりを味わってこその、起業という人生選択なのですから。


男の友情。そして勝負の非情さ(笑)

 さて、話を私とガラキコ少年との戦いの現場に戻します。まあ、その時の私は、今思い出しても、恐ろしくやる気に満ちていました。「シグナルがゴーになるやいなや、競走馬のごとくスタートダッシュを決めて、少年Aに大人のすごさを見せつけてやる」。そんなことを思って、足首を回したりなんかして満を持しておりました 。

 いよいよ運命の瞬間がやってきました。よしっ行くぞ!と思った直後、「走ったら勝つに決まってるよな」というためらいが脳裏をかすめたのです。さすがに水平な地面。どう考えても私が有利です。やっぱハンデが必要ですよね。とっさに私は「もも上げ」で早歩きすることにしました。何年ぶりだろう、もも上げなんて(笑)。実はその場には、我々の決戦を見守る多くのギャラリーがいました。って、たまたま信号待ちしていた人たちのことですけど。とにかく、私はその人たちに、どう見ても不気味なもも上げシーンを見せつけてしまったわけです。どう思われたんだろう……。どう思われてもいいや。

 もちろん、それでも私の圧勝でした。私は国道の反対側の歩道で、一生懸命「ガラガラガラー、キコキコキ〜〜〜」と、相も変わらずダサい音を上げてこちら側へ向かってくる少年を待ちました。戦いを終えたライバルへの友情。ちょっと胸が熱くなりました。

 やがて少年は私のかたわらへ到達しました。そして、私に目もくれず、またしても私を追い抜いていきやがりました。こ、このクソガキ〜〜〜(笑)。
Profile
増田氏写真
増田紀彦
株式会社タンク代表取締役
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌および別冊「独立事典」編集デスクとして起業・独立支援に奔走。また、経済産業省後援プロジェクト・ドリームゲートでは、「ビジネスアイデア&プラン」ナビゲーターとして活躍。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会う。現在、厚生労働省・女性起業家支援検討委員、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会・女性起業家支援セミナー検討委員などを務める。また06年4月からは、USEN「ビジネス・ステーション」のパーソナリティーとしても活動中。著書に『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)、『小さくても強いビジネス、教えます!起業・独立の強化書』(朝日新聞社)。ほか共著も多数。



   

前のページへ バックナンバーへ 次のページへ