勇気と知恵を注入します!独立ビタミンの「増田堂」
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  第13回 大事な用語
簡単な話をわざわざ難しく語る人々

 難しい話をわかりやすく伝えてくれる人って、素敵ですよね。脳研究の養老孟司さんのお話や、数学の秋山仁さんの解説などを聞いていると、「自分にはとうてい理解できない」と思っていたようなジャンルの知識がススス〜と頭に入ってくるのを感じます。

 単純化がうまい。比喩がうまい。取り上げるモチーフがうまい。こういう方々の伝達能力には舌を巻きます。その一方で、さほど難しくもない話をわざわざ難しく伝えてしまう人も世の中にはいるものです。どうしてそんなことになるのでしょう。当然、話術のレベルという問題は大きいと思います。ですが、中には「難しくない話だから」となめてかかり、結果、事の核心や神髄をちゃんと理解しないまま、それを論じたり伝えたりするせいで、結局、難しい話にしてしまう人もいるのではないでしょうか。こういう人、ビジネスの世界では決して少なくないような気がします。

 もっとも「なめている」だけでなく、次々と新しい知識や考え方が登場してくるビジネスの世界では、確かにあれもこれも正しく理解したうえで口にする、というような時間的余裕もなかなかないものです。だったら黙っていればいいのですが、「知ったふうな口」をきかないと、今度は他人から「なめられる」と思って、ああだ、こうだと語ってしまうはめになるんですよねえ。

 極端ですが、こんな感じのシャベリをする人っていませんか? 「Web2.0ではロングテールが常識だからパレートの法則はダメなんだよね。ってことは、過剰なセグメンテーションは『マーケティングの近視眼』と批判されても仕方ないわけよ。やっぱ4C分析しながらコア・コンピタンスを再確認して事業ドメインを見直すような戦略策定をやっておかないと、やばいよね。なはははは」。みたいな。「アンタこそ、やばいよ」と突っ込みたいですが(笑)。

 いやいや、他人のことを批判している場合ではありません。私にも思い当たる節があります。うっかり一知半解な話題を口にしてしまい、鋭い質問にあってあわてふためき、ボロを出さないよう頑張るほど、どんどん話がややこしくなり、最後は全体が「???」のかたまりのような状態になってしまったことなど、一度や二度ではありませんから。反省。


悩ましきかな、ビジネス用語

 それにしてもビジネス用語というのはやっかいですよね。上記の「例文」にも出てきた「戦略策定」なんて、普通に使っている言葉ですが、いざ説明しろと言われると、ちょっと考え込んでしまうような言葉かもしれません。「戦略を策定すること」で済ませられるわけはありませんし(笑)。

 ビジネス用語は、時に、企業文化のシンボル的な役割を担うこともあり、同じ用語でもA社とB社では意味合いが異なることも少なくありません。また用語辞典を引いても見当たらない造語のたぐいもあります。さらにビジネス用語は時代変化を敏感に反映しますから、この時代にあっては毎日のように新しい言葉が生まれてきています。そこに一知半解やら我流の解釈やら新説やら異説やらが加わってくれば、もう、何が常識で何がマニアックなのかさえもわからなくなってきます。

 なので、あれやこれやのビジネス用語やビジネス論をいちいちうまく説明しようなどと思わないほうが得策です。きりがありません。そもそもビジネス用語は、それを説明できることよりも、その意味をちゃんと理解して、自らの行動や判断の材料にすることのほうに価値があるのです。知識は使うためにあるわけですから。

 もっとも、うまく説明ができるということは、話術の巧拙以前に、その事柄をちゃんと理解しているということですから、大事な用語は、人に説明できるくらいになっていたほうがいいとはいえます。では、「大事な用語」とは何でしょう。


起業するなら、基本中の基本を理解すること

 真面目に仕事をしている人であれば、たいがい、自らの業種や職種に関する用語については、それこそ養老先生や秋山先生のように、比喩を交えたりしながら、相手がまったくの素人であっても何とか伝えることができるものです。その言葉の意味や背景や全体像におけるポジションなどをよく理解しているからできることです。ところが面白いもので、専門外の人に対して専門的なことが説明できるのに、自分も相手も知っているようなポピュラーな言葉や事柄については、多くの人がうまく説明できません。「普通だから、当たり前だから、難しくないから」と、まさになめてかかっているからです。

 例えば「顧客」「市場」「商品」「価格」などなど。これらはビジネスという概念そのものを構成している単語であり、業種や職種を超えた、いわば基本中の基本用語です。実際、これらの言葉を聞いたことがないビジネスパーソンなど存在しないでしょう。でも、あなたはこれらをすべてちゃんと説明できますか?

 つまり「大事な用語」とは、自分も含めて誰もがわかっていると思えるようなビジネスの基本用語のことです。基本あっての専門ですよね。なのに、専門は説明できるが、基本は説明できない。これって何かおかしくないですか?

 組織の一員として雇われている立場だと、確かに、全体における一部を理解しているだけでも役割を果たすことはできるかもしれません。しかし、どんな専門分野の人であっても、自らがビジネスを起こす、あるいは、自らがビジネスの最高責任者になるというのなら、こうした根本的・普遍的なビジネス用語を、それこそ人に説明できるくらいに理解しておくことが必須です。例に挙げた「顧客」「市場」「商品」「価格」などは、すべてが密接にかかわり合う言葉であり、それらの意味と関係性をちゃんと把握していれば、起業後の自分の世界が手に取るように理解できるでしょう。

 難しいことを一生懸命理解することも必要かもしれませんが、一見、誰もがわかっているように思える基本的な用語や概念を、正しく理解しておくことが、起業・独立を目指す人には欠かせない作業なのです。


「経営3点セット」は、最重要キーワード

 また、雇われている立場ではさほど重要ではなくても、起業家や経営者になるのなら、どうしても知っておかなくてはならない、やや専門的な用語もあります。とくに重要なのが「経営理念」と「経営ビジョン」と「経営戦略」です。これらは、いわば最重要級であるにもかかわらず、意外となめられているというか、無視されているというか、敬遠されているというか。とにかく「起業するのだから、これらをちゃんと理解し、徹底的に活用せねば」と考える人が少ないような気がします。

 ちなみに、「経営理念」と「経営ビジョン」と「経営戦略」をまとめて「経営3点セット」と呼びます。言っておきますが、一般的にそう呼ばれているわけではなく、私が勝手にそう呼んでいるだけです(まさにビジネス造語)。で、この3点セット、どうも大企業向きの用語に思われがちです。

 が、実はどんなに規模の小さな企業でも、あるいは創業間もない企業でも、いや、企業とは呼ばないような個人事業やフリーランスにおいても、これらは必須の概念であり、「知らぬ存ぜぬ」では済まされない用語です。

 経営理念とは、その企業やビジネスが世に存在することの意味を表すものです。経営ビジョンとは、存在する意味をかたちにして証明するための将来目標です。経営戦略とは、世の中の変化に対応しながら、その将来目標に到達するための具体的な方策です。

 経営理念がなければ、何をやるべきか、やらざるべきかが判断できません。経営ビジョンがなければ、何かをやったことによって生じた結果が合格なのか不合格なのか判断できません。そして経営戦略がなければ、理念を成就させることも、ビジョンを実現させることもできないでしょう。

 繰り返しますが、経営3点セットは小さなビジネスにも必要なのです。むしろ、ヒトやカネやモノやハウツーや技術に限りのある小さなビジネスこそ、経営3点セットをしっかり確立して、虎の子とも言うべき貴重な経営資源を有効に活用すべきです。

 もっとありのままに言えば、なぜ、自分はこのビジネスをやるのかをあまり考えず、また、将来的にはどんな成果や価値を世の中に提供したいのかもイメージせず、さらには、将来目標に向かってどんな手を打つべきなのかにも興味を持たない。非力な小規模起業家が、こんな姿勢でビジネスの世界に出ていこうものなら、たちどころに、大きな力を持つ企業につぶされるか、そうした企業から、いいようにこき使われるのが落ちだということです。

 どうですか? 「経営理念」も「経営ビジョン」も「経営戦略」も、難しくて縁遠いものなどではなく、起業家にとっては基本的なものであり、不可欠なものであり、実はとっても身近なものであることがご理解いただけたでしょうか?

 難しそうに思えるけど、実は簡単で、簡単だけど実は大切。そんな用語に敏感になることが、起業家的生き方への第一歩かもしれません。
Profile
増田氏写真
増田紀彦
株式会社タンク代表取締役
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌および別冊「独立事典」編集デスクとして起業・独立支援に奔走。また、経済産業省後援プロジェクト・ドリームゲートでは、「ビジネスアイデア&プラン」ナビゲーターとして活躍。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会う。現在、厚生労働省・女性起業家支援検討委員、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会・女性起業家支援セミナー検討委員などを務める。また06年4月からは、USEN「ビジネス・ステーション」のパーソナリティーとしても活動中。著書に『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)、『小さくても強いビジネス、教えます!起業・独立の強化書』(朝日新聞社)。ほか共著も多数。



   

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