勇気と知恵を注入します!独立ビタミンの「増田堂」
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  第11回 腰は低く、志は高く!
恐ろしいほどに「低飛車」な態度(笑)

 他人に対して高圧的な態度で接することを「高飛車」と言います。将棋の戦法が語源だそうですが、立場が有利であるのをいいことに、相手に誠意や優しさを示せない人って、確かにいますよね。こういう人間、最近の言い方を借りれば「タカビー」には、ホント、なりたくないものです。たぶん、私はなっていないと思うんですが。

 むしろ私は、周囲から「ヒクビー」と呼ばれるくらいです(笑)。人に物事を頼む時など、その「立場の弱さ」を利用し、相手が驚くほど下手に出て、絶対に「No」とは言わせないように交渉を進めていきます。ああ、皆さんに聞かせてあげたいなあ(笑)。聞かせられないので、せめて、文字で再現してみます。

 例えば『アントレ』が創刊して間もない頃の話。取材のためのアポを取ろうとしても、まだ知名度の低かった『アントレ』では、名前を出しても用件すら聞いてくれない人がけっこういたものです。だから私はこんな言い方をしていました。

 「私、取材のお願いで電話をさせていただきました増田と申します」と、まずは用件を先に伝え、『アントレ』という名前は後回しにします。たったこれだけのことでも、相手は話の次を促してくれるものです。知らない、あるいは、よくわからない固有名詞。人はこういうものに警戒心を抱きます。だから、言葉の中からその要素を取り除くわけです。そのうえで、私はいよいよもって「低飛車」な態度に出ます。

 「実は、私どもの雑誌で女性起業家の特集を組むことになりまして、それで○△さんのお話を記事にさせてほしいなあ、なんて思いまして」「ああ、そういうこと。で、何ていう雑誌だったかしら?」「あららら、すみません。肝心なことを伝え忘れておりました。月刊『アントレ』です!」「はあ?」「ご存じありませんか? ありませんよね。ですよねえ。知ってらっしゃるほうが珍しいというか、すごいというか」「あ、でも聞いたことはあるわよ」「マジっすか!? やっぱりアンテナの立ち方が違うなあ。さすがです」と、こんな感じで、まずは徹底的に「相手より私が下位である関係」をつくっていきます。


相手にとっていい情報ですら、「下」から伝える

 下位だろうが何だろうが、「関係をつくる」ということに意味があるわけです。そもそも同等の関係だとか、私が上位の関係だとか、そんなもの、いきなり電話をしておいてつくれるわけがありません。関係をつくりたいなら、自分が下位に回るのが最も現実的な方法です。とにかく会話を続けたいのなら、関係をつくることです。

 「いやいや、僕らは聞いたことがあるって言われるだけでも感激ですよ」「でも、よくは知らないわよ」「ごもっともです。実は起業や独立を応援するためにできた新しい雑誌ですから。こんな本、今までありませんでしたもんねえ。しかもですよ、発行元が、あのリクルートなんですから驚いちゃいますよね〜〜」「へー、リクルートがそういうのを出すんだ」「でしょ? 驚きますよねえ。リクルートがこんないい本を出すなんて(笑)」「そこまでは言ってないけど(笑)」「まあ、マジメな話、それだけ時代が変わったってことかもしれません。とにかくそういう世の中ですから○△さん、言いたいこと、ガンガン語っちゃってくださいね」「なんか面白そうね」「そりゃ面白いっすよ〜」「それで、いつ頃来るの、取材?」

 無事、アポ取りに成功しました。解説するまでもないでしょうが、関係をつくったうえでさりげなく『アントレ』の社会的意義を伝えつつ、知名度の高い「リクルート」という言葉で相手を安心させているのです。もっとも「リクルート」という単語は諸刃の剣で、使い方を間違えると、営業電話だと誤解されてしまいますが(笑)。とにかく私はいっさいのメッセージを、「決して上から伝えないこと」に終始気を配っていました。


目的達成意欲が高いほど、人は慎重になる

 さて、そうは言っても、こんなお調子者トークを編集部全員がしていたわけではありません。あくまで私のやり方です。おそらく私は、良く言えば、誰よりも目的達成意欲が強く、悪く言えば、誰よりも「ビビリー」だということです。

 アポ取りが成功してもしなくてもどっちでもいいと思っていれば、どういう結論になっても大してへこみません。が、そんな仕事ぶりでいいはずはありませんよね。

 狙った相手は絶対に落とす! そういう意気込みで私はいつも受話器を握りしめていました。しかし、そういう意識が強いほど、依頼を断られた場合のダメージは相当大きなものになってしまいます。私は目的を遂げたいし、失敗して落ち込むのもイヤです。だから事を慎重に運ぼうとして、再現したようなやりとりの方法を選択したのです。

 そんな私の態度を「卑屈」だと思った人もいるかもしれません。実際、「増田は腰が低すぎる」と指摘された経験もあります。でも、これだけは言いたい。「私は、超が付くほどの慎重派だし、すぐにビビるけど、間違っても臆病者ではない」と。


チャレンジは、自分らしい方法とペースで

 臆病者とは、ビビッて、何もせずに逃げてしまう人のことです。慎重派とは、ビビッているせいで、ヘマしないように、ミスしないようにと、ていねいに物事を進める人のことです。結局やるのが慎重派。結局やらないのが臆病者。

 ただし、やりたくないことをやるのは、大バカ者です。「なんだ、おまえ。そんなこともできないのかよ、臆病者だな」などと挑発されて、無理をするのは最悪です。

 自分にとっては何が何でも成し遂げなければならないミッション。そう思うことなら、たとえ他人がどう言おうと、それがどんなにカッコ悪かろうと、自分が一番得意な方法とペースで確実にそれを達成していくという決意が大切です。

 反対に、自分はそれをやるべきではない、やってはいけないと思うことなら、他人がどう言おうと、それがどんなにカッコ悪かろうと、断固として拒否する勇気が大切です。

 起業・独立も同じです。もし失敗したらと思うと、怖くなります。悪い想像を膨らませればどんどん不安になっていきます。私だって独立を考えた当時はビビりました。でも、私は自分の力で生きようとすることが、自分には正しい人生選択だと思えたのです。だから、ビビリながらも挑戦しました。それで良かったと思っています。

 言うまでもないことですが、誰かから「なんだよ、おまえ、独立する勇気もないのかよ」などと言われたせいで、したくもない独立をしようとするのは愚の骨頂です。

 そして、独立したいとしょっちゅう口にしながら、結局、何もしないのが臆病ということになります。怖ければ、怖くなくなるように準備や練習をすればいいのです。何か障害があるのなら、それを丹念に取り除く努力をすればいいのです。小さなことからコツコツと始めていけば済むことです。そのために、どれだけ時間を費やしたってかまいません。それこそ、慎重に事を進めていけばいい話ですよね。本当に独立したいのなら。

 豪胆でなくてもかまいません。気が弱くたって全然問題ありません。自分のホンネから目をそらさず、自分らしさを否定せず、自分の能力を信じることができれば、起業して十分やっていけると私は思います。


御礼

『アントレ』は創刊10周年を迎えました。皆さん、ありがとうございます。これを機に私も初心とも言うべき「低飛車精神」に立ち返り、腰は低く、志は高く、自らの使命を追求していこうと思います。これからも何とぞよろしくお願い申し上げます。
Profile
増田氏写真
増田紀彦
株式会社タンク代表取締役
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌および別冊「独立事典」編集デスクとして起業・独立支援に奔走。また、経済産業省後援プロジェクト・ドリームゲートでは、「ビジネスアイデア&プラン」ナビゲーターとして活躍。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会う。現在、厚生労働省・女性起業家支援検討委員、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会・女性起業家支援セミナー検討委員などを務める。また06年4月からは、USEN「ビジネス・ステーション」のパーソナリティーとしても活動中。著書に『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)、『小さくても強いビジネス、教えます!起業・独立の強化書』(朝日新聞社)。ほか共著も多数。



   

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