勇気と知恵を注入します!独立ビタミンの「増田堂」
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 第7回 十勝でサケの群れに出合う(後編)
水量豊富な河川に感激

 前回はサケの遡上を予想していなかった私が、なぜ襟裳岬行きの代案として、川遊びを発案できたのかという問い掛けで終わりました。

 答え。十勝を流れる河川の水量の豊富さに感激していたからです。本州では、ダムや堤防のせいで河床の石がむき出しになり、本流がチョロチョロ……。そんな気の毒な川をいくつも見かけます。ところが、帯広から広尾に向かって南下する途中に見た川は、どれも本州の河川とは比較にならない水量だったのです。たっぷり。そんな表現がピッタリのボリューム感です。岬を目指して南へと走りながらも、同時に私の頭の中では、「水量豊富な河川=北海道の自然の豊かさ」という認識ができ上がっていました。


目標に向かって、脇目を振れ!

 しかし、もし私がクルマの助手席で居眠りしていたら、もし私が川面を見ても水量の多さに気づかなかったら、もし私がそもそも本州を流れる河川の水量の少なさを知らなかったら……。間違いなく、サケを素手で捕まえるような感動体験はあり得なかったでしょう。それどころか、もっとひどいことになっていたかもしれません。

 何事もそうですが、「この道しかないんだ」と思い込むほど危険なことはありません。その道が封鎖されてしまった時、立ち上がれないほどのショックを受けてしまいます。ないしは、逆上して封鎖を突破しようなどとするかもしれません。もし私が「何が何でも襟裳岬で森進一を」と、封鎖を突破して道路を進み、その結果、クルマが高波にのみ込まれてしまったら……。そんなことをするはずがないと思いますか? でも、それと同じようなことを起業家や経営者は事業活動の中でやってしまうんです。

 目標に向かって脇目も振らず……。一見、これは立派な態度のように見えますが、そうではありません。むしろ常に脇目を振って、第二の道、第三の道を頭の中に描いておくことが大切です。それが独立して生きる人の常識です。


もしかすると、サケの群れ?

 というわけで、往路で見かけた橋の中から適当なところを選んでクルマを止めました。橋の名前は大樹橋。河川名はレキフネ川(歴舟川)と表示されていました。ここから「サケとの遭遇」物語が始まります。

 私たちはさっそく豪快な流れを見せているレキフネ川へ近づこうとしました。ところが本流よりだいぶ手前に幅1mほどの小川があり、これが行く手をふさいでいるのです。ガッカリ……。その直後。小川を眺めていた仲間が大声で叫びました。「何かいる!」と。あわてて小川のあちこちを見回してみると、上流でも下流でも派手な水しぶきが立っていました。間違いなく何かがいます。私は水面を注意深く覗いてみました。

 「何じゃこりゃ〜?」。わずか幅1m、水深20〜30cm程度の「水たまり」のような小川に、見たこともない巨大魚が折り重なるようにウヨウヨしているじゃないですか。やがて、その巨大魚のうちの一匹がジャンプ一番、身を踊らせて石の塊を飛び越え、上流へと泳いでいきました。

 「これって、もしかして、サケの遡上?」。確かにどの魚も全身傷だらけでしたから、苦労して川を上ってきたことは想像に難くありません。でもその時はまだ半信半疑。そんな光景を目撃できるなんて思いもしませんでしたから。


命懸けの遡上に目頭が……

 しかも、水際に近づいてきたサケの尾と胸を思い切ってつかんで持ち上げてみたら、捕まえられちゃったんですよ。都会暮らしの私には信じられない出来事です。ちなみにそのサケ、記念写真を撮っている間はジッとしていてくれて、撮り終えると同時に私の手からジャンプして川へと戻っていきました。撮影協力、ありがとう。それから疲れさせてゴメン。目的地に無事到達して、卵をいっぱい産んでくれることを念じています。

 こうやってその時のことを書いていても、あれは本当にあったことなのか……と不思議な気持ちがしてきます。まさに夢のような体験。でもしばらくの間、手が魚くさくて気持ち悪かったので、やっぱり事実だったのでしょう(笑)。


サケの執念としたたかさに学べ!

 十勝に行かなければならない、というわけではなかったのです。以前から『アントレ』や『独立事典』の記事づくりに大変な協力をしてくれている浦幌町の漁師さんが、浦幌のまちづくりに立ち上がり、ついにNPO法人「日本のうらほろ」を設立したというので、みんなでお祝いと応援に駆け付けたのです。

 サケとの遭遇は、NPOの人々からの粋な「お祝い返し」だったのかもしれません。あるいは、北海道の大自然の中で生きるということは、かくも厳しい挑戦なのだというメッセージを、傷だらけのサケに託して私たちに伝えてくれたのかもしれません。ちょっと感傷的な感想ですが……。

 いずれにせよ、私たちが十勝に行かなければ、サケと出合うことはあり得ませんでした。やってみる。行ってみる。動いてみる。その価値をあらためて痛感します。そして前編のおさらいにもなりますが、やってみて、行ってみて、動いてみてダメだったら、違う方法でまたやってみて、行ってみて、動いてみればいいのです。目的達成に対する強い思いと、複数の達成手段さえ持っていれば、必ず目的は達成できます。

 それこそ「サケに学べ!」です。何としても故郷に帰り着くんだという執念。そして、遡上が難しい場所ではいったん待機して、別のルートに挑戦するしたたかさ(これはその場で目撃した事実)。自然は物事の真理をつぶさに伝えてくれます。だから私は自然を尊敬してやみません。
Profile
増田氏写真
増田紀彦
株式会社タンク代表取締役
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌および別冊「独立事典」編集デスクとして起業・独立支援に奔走。また、経済産業省後援プロジェクト・ドリームゲートでは、「ビジネスアイデア&プラン」ナビゲーターとして活躍。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会う。現在、厚生労働省・女性起業家支援検討委員、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会・女性起業家支援セミナー検討委員などを務める。また06年4月からは、USEN「ビジネス・ステーション」のパーソナリティーとしても活動中。著書に『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)、『小さくても強いビジネス、教えます!起業・独立の強化書』(朝日新聞社)。ほか共著も多数。



 
   

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