勇気と知恵を注入します!独立ビタミンの「増田堂」
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 第2回 トヨタから学べること、学びたくなること(後編)
経験のある業界だけが進出分野ではない

 何とも悪いタイミングで……。トヨタから学ぼう! と書いた途端に、リコール放置問題が発覚。一瞬、前回の「増田堂」のテーマを変えようかなあ、なんて思ったのも事実です。でも、「それはそれ、これはこれ」ですよね。むしろ、ひとつの汚点を無理やり全体にまで広げてしまうような考え方のほうが危険。すぐにそう考え直して、「増田堂」の第一回は、当初の原稿どおり届けさせていただきました。ですので、今回も堂々とトヨタシリーズの後半を書きます。

 念のため、おさらいをしておきましょう。前回はトヨタの「市場転換」について書きました。自動織機から自動車への転換です。もちろん、自動織機の生産を中止したわけではありませんから、転換というよりは「新市場展開」と言ったほうがいいかもしれませんね。

 いずれにしても、テーマの核心は、「自分の力をよく知り、そのうえで来るべき新時代を探っていれば、たとえ今取り組んでいるビジネスが厳しくなっても、その力を使える別の市場を見つけることができる」ということでした。

 これから起業・独立をはかる人の場合は、「私はこの市場でビジネスをするのだ」と、かたくなに決めつけず、自分の力が有利に働きそうな市場は、「どこと、どこと、どこか?」というように、複数の進出分野を探ってみることが大切、ということになります。とかく経験のある業界での独立を前提にことを進めてしまいがちですが、そこをちょっと踏みとどまって、別の業界で自分の力が生きないかどうかを検討してほしいのです。その結果、より有望な業界での起業や、より自分が好きなジャンルでの起業が実現するかもしれません。


長岡市の小資本開業「お好み焼き屋」

 さて、新しい話題を始めましょう。いったんトヨタから離れて、舞台は新潟県長岡市に移ります。雪が深いことで知られるこの町に、大阪出身の青年が小さな「お好み焼き屋」を開業しました。2005年7月のことです。

 6坪半のその店を開業するためには、通常なら280万円以上かかるところを、その青年はほぼ3分の1の98万円ですべて成し遂げました。店舗物件の借り入れ、内装工事や設備工事、備品の購入や仕入れなど、なんだかんだとかかる出費のひとつひとつに対して徹底節約を敢行したのです。

 少しでも安いものを探し回る。値切れそうなものはとことん値切る。ただでもらえるものはもらう。自分でできそうなことはプロに頼まず自分でやる。こういう努力の積み重ねが、大幅な開業資金削減をもたらしたわけです。


「価格」は誰を狙うのかで決まってくる!

 開業資金を抑制することは、開業自体を早めることはもちろんですが、それに負けず劣らずの大きな意味があります。開業後、投下した資金の回収が容易になるという点です。もし、この青年が開業に280万円以上を費やしていたとしたら、投資回収期間は98万円のおよそ3倍近くもかかってしまいます。仮に98万円を2年で回収するとすれば、280万円以上の場合は6年以上かかってしまう計算です。あるいは何としても2年で回収したいと思えば、毎月3倍以上の利益を出していかねばならないことになります。できるかぎり少ない資金で開業することは、あとがラクであり、それと同時に、販売価格に競争力をもたらすことにもなるのです。

 1枚150円。それが彼の提供するお好み焼きの値段です。安いですね。とはいえお好み焼きは、俗に「粉商売」とも言われ、原価があまりかからないことで有名です。150円は無理をしているわけではないでしょう。しかし、もしも開業資金が高額だったら、その回収のために、この価格を上げざるを得なくなるのです。仮に280万円(開業資金)−98万円(自己資金)=182万円(不足額)として、この不足額を借金でまかなった場合、3年間で返済すると考えると、毎月5万円以上を返すことになります。こうなると価格の上昇は避けられません。

 だったら価格を上げればいいじゃないか。そう考える人もいるでしょうが、そうではないのです。青年は、学校帰りの高校生を狙って、お好み焼き屋を始めました。店舗も高校の通学路沿いにこだわって探し出しました。通称「キャベツ焼き」と呼ばれる、キャベツが多めで小ぶりのお好み焼きは、いかにも高校生が「買い食い」しそうな食べ物です。ターゲットと商品、そして店舗立地はバッチリ。だからあとは、高校生が「買える」、もっと言えば「買いたくなる」価格設定が不可欠だったのです。150円という売値は、このビジネスの生命線と言えるでしょう。


売値が先にありき。コストや利益はその後で

 ここまで書けば、もはやトヨタを持ち出すまでもないかもしれません。有名なトヨタの徹底したコスト削減は、トヨタがケチだからではないのです。狙いを付けた層が、買える価格、買いたくなる価格を先に設定し、そこから利益を出すべくコストを設定しているわけです。長岡市の小さなお好み焼き屋さんも、世界のトヨタも、考えていることは同じだったのです。

 利益目標があって、それにコストを足したのが売値だと考える人もいるでしょう。反対に、コストから考えて、それに利益をオンしたのが売値だと考える人もいるでしょう。しかし、いずれの考え方も市場をがっちりつかもうとすれば、相当な苦戦を強いられるはずです。

 売値があって、そこからコストを引いたのが利益である。もっと正確に言うと、買い手にとって魅力的な売値があって、そこからコストを引いたのが利益である。この順序で考えたほうが、市場の支持を獲得しやすいのは、誰でもわかる理屈ですよね。

 だからこそ、これから独立をしようとする人は、開業後の仕入れ原価や運転資金を抑制するだけでなく、開業資金の段階から、削減できる限りのコストを削減し、狙った相手に合わせた売値を設定できるようにしておくことが大切なのです。
Profile
増田氏写真
増田紀彦
株式会社タンク代表取締役
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌および別冊「独立事典」編集デスクとして起業・独立支援に奔走。また、経済産業省後援プロジェクト・ドリームゲートでは、「ビジネスアイデア&プラン」ナビゲーターとして活躍。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会う。現在、厚生労働省・女性起業家支援検討委員、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会・女性起業家支援セミナー検討委員などを務める。また06年4月からは、USEN「ビジネス・ステーション」のパーソナリティーとしても活動中。著書に『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)、『小さくても強いビジネス、教えます!起業・独立の強化書』(朝日新聞社)。ほか共著も多数。



   

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