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 ●第1回 変化は麻薬 継続は力


今回より、このコラムも第5クール(5年目)を迎えた。
第4クールの最終回に引き続き、
今回も続けることの重要性を説いていく。
また、「継続」をじゃましようとする
「変化」との関係についてもお話ししてみたい。

 

継続するものに人はひかれる
 人間は「継続している」ものに「価値」を見いだす。ただ続いているというだけで、そこに大いなる「意味」を感じようとする。例えばエジプトのピラミッド。世界中にその名は知られており、毎年、何万人という観光客がピラミッドを見るためにエジプトを訪れる。4000年以上もの間、ずっと存在し続けてきた人類最古の建造物に我々は畏敬の念すら覚える。
 アメリカのラスベガスに「ルクソール」というピラミッド型のホテルがある。歓楽街のど真ん中にそびえ立つその異形は、見た者を釘付けにし、ラスベガスの一大人気スポットになっている。しかし、どんなにその形を精巧に模したとしても、その人気が本家エジプトのピラメッドを超えることはないだろう。ピラメッドが人を引きつけているのはその形と特異さにあるのではない。4000年にわたって存在し続けてきたその事実に人は引きつけられるのだ。ではなぜ長い間続いているものに我々はひかれるのか? それは、継続の裏に「真の力」を感じるからだ。

30年の間に蓄積された知識と技能
 先日、東京の銀座で夕食を取ることになり、とある中華料理店の前で立ち止まった。店内をのぞき込んでみると、どういうわけか客が全くいない。閉店しているのかなと中に入るのを躊躇していると、我々に気づいた店の主人が出てきて手招きをしてくれた。「今日は祝日だからね、お客さん少ないの。でも大丈夫。ここで30年やってるからね。味は保証できます。雑誌にもたくさん載ったことあるよ。ささ、入って入って」。ご主人の笑顔と30年という言葉に引きつけられて、そのお店に入ることにした。
 台湾出身のご主人は、先代と合わせて30年間、銀座でこの店を守り続けてきたという。銀座というと高級なイメージがあるかもしれないが、その店に堅苦しい雰囲気はなかった。どちらかというと庶民的で、屋台にでも出てきそうなお気軽メニューが売りだった。値段も手頃だ。一番人気の鍋料理を注文してみたが、台湾の独特の薬味と海鮮物がうまくからみ合って、とてもおいしくいただくことができた。
「ご主人、銀座で30年続けてきたってすごいことじゃないですか? どうすればこの激戦区でお店を続けられるんですか? やっぱりこの味? でも時代に合わせて、メニューなんかも変えていかないとだめでしょ? いろいろご苦労もあったんじゃないですか?」
「苦労? ありますよ、苦労だらけですよ。味も大切だけど、ビジネスはそれだけじゃない。お客さんはね、少し引きつけることはできる。でもね、ずっと引きつけるのは難しい。新しいことだけではだめね。新メニューとかね、出してもインパクトあるのは数カ月だけ。近くにね、新しいお店オープンするでしょ? うわーっとお客さん流れるの。でもね、心配いらないよ。最初だけよ。数カ月で客足悪くなるから。それで消えていった店、いっぱいあるよ。続けるためには、新しいだけではだめなのよ」
 さすがに30年続いてきただけあって、ご主人の話には含蓄があった。お客さんがいなかったこともあってか、話はビジネス全般に及び、資金調達、顧客管理、従業員管理など、様々なビジネスのコツをお話ししてくれた。ご主人の口から出てくる言葉にはいちいち説得力があった。ある意味、下手なビジネス書を読むよりもはるかにためになる。雑誌やテレビに出てくる、自称、専門家の話を聞いてもピンとこないときがあるが、ここのご主人のお話にはうなずくばかりだ。その差はどこにあるのか? 違いは「実績」の有無にある。30年にもわたって銀座の一等地でビジネスを継続してきたご主人には、誰も文句が言えない実績がある。そのデータベースには、机上の空論をふりかざす専門家からは決して出てこないような、生きた素材がいっぱい詰まっている。ここに「継続すること」の意味が隠されている。

「変化」VS「継続」蓄積を目指すなら……
「継続」することの本当の意味は、その行為によって、真の生きたデータが蓄積されていくということだ。ただ続いていることに意味があるのではない。経験値ゼロの人と、10年続けている人とでは、出てくる戦略に大きな差があることは自明の理だ。「継続は力なり」の言葉どおり、継続することが、知識や技術の集積につながっている。
 継続の重要性を見落としている人が増えている。特に若い世代に多い。時代は我々に「変化」が必要であると説く。変化できないものは罪だといわんばかりに、半ば強制的にすべての人変化を押しつける。多くの人がその言葉にうなずき、自らの生活に「変化」を取り込もうとする。確かに「変化」は魅力的だ。新しいことを始めた時、新しい人と出会った時、新しい場所に移り住んだ時、「変化」は強いエネルギーを我々に与える。しかし、「変化」は麻薬のようなものだ。効果は長く続かない。さらなるエネルギーを得るために、さらなる「変化」を求め、新しい何かに飛び移ることが求められる。変化のもたらす刺激のとりこになると、日々、バッタのように「変化」を追い求める生活を余儀なくされる。
「変化」をエサにして、日々の刺激を求めて移り変わっている人を「チェンジ・ホッパー(=変化バッタ)」と呼んでみよう。変革の時代という環境要因のせいで、チェンジ・ホッパーがそこら中に大量発生している。何年か後に、何百万というチェンジ・ホッパーは、ふと大切なことに気がつくであろう。面白おかしい、変化に富んだ人生の後、結局、自分の中に何も蓄積されていなかったということに……。変わることが重要なのは、変えるべきものがある時だ。変えるための土台もできあがっていないものが「変化」を取りこもうとしても無意味である。

継続→価値→変化……最初に継続が必要
 長い間、何かを続けると、知識や技術が蓄積されてくる。普通の人が持っている以上の知識や技術が蓄積されると、それがそのまま市場では「価値」となる。継続することが必要なのは、それによって人と自分に「差」をつけることが可能になるからだ。つまり「続ける」こと、実はその行為そのものが自分自身を「変える」ことにつながるのだ。将来をいい方向に変えたいのであれば、変わらずに何かを続けることが武器になる。
 本コラム「独立力養成講座」を書き始めて5年目になる。コラムを書くということは、正直言ってしんどいことだ。当たり前のことだが、毎月毎月、締め切りを守るということは生半可なことではない。社長業をこなしながらの執筆は、私の事業にも影響を与えうる。ただ、途中でやめたいと思ったことは一度もなかった。続ければそれが自分の力になることを知っていたからだ。たかだが5年、銀座のご主人に比べるとまだまだ青二才だが、これまで休まずに書き続けてきたことによって、多くの変化が私の中に起こってきた。まず、このコラムの内容が本となり、全国で出版された。そのおかげで取材も数多く入ってきた。そして何より、今では起業家育成の専門家として、全国で毎月、起業関連の講演やセミナーの仕事を請け負うほどになっている。継続は、真の力となり、自分の生活を変えてくれる。
 どんなことでもよい。3年間続けてみよう。それだけであなたの言葉に説得力が出てくる。可能であれば、ぜひ、5年間、続けてみよう。それだけであなたの続けてきたことは、市場で価値を持ち始める。そして、もしもできるのであれば10年間続けてみよう。物事を10年続ければ、間違いなく、あなたはその道のエキスパートである。その知識、技能を生かして、真の「変化」をあなたの生活にもたらすことが可能になるであろう。

PROFILE
photo アクティブラーニングスクール代表
羽根拓也
ハーバード大学などで語学専任講師として活躍。独自の教授法が高い評価を受け、94年、ハーバード大学より優秀指導教授賞(Certificate of Distinction in Teaching)を受賞。日米10年以上の教育活動の集大成として、97年、東京で「アクティブラーニングスクール」開校。これまで日本になかった「学ぶ力」を指導育成する教育機関として各界より高い評価を得る。新世代教育の旗手として教育機関、政府関係機関、有名企業などから指導依頼がたえない。現在は、デジタルハリウッド大学・大学院専任教授兼CLOも兼任。


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