起業を選ぶ女性たち ENTRE WOMAN

岩科蓮花事務所  岩科 蓮花 さん(31歳)

「文字だけで表現する広告をつくっています。視覚でも楽しめるように、画像と筆文字を融合しています」

と語るのが、クリエイティブ書家の肩書を持つ、岩科蓮花さん。彼女が書道と出合ったのは小学1年生の時だ。住宅建材メーカーを経て、地元テレビ局広告部に派遣社員として就業。

「派遣社員は仕事の拘束時間も短く、残った時間を自分のために使える。英会話や油絵、手品などに通いましたね。そうこうしているうち、以前から興味のあった広告の仕事で、コピーライターを目指したいと思い、東京のコピーライター養成講座に通い始めました」

休日に、高速バスで東京へ。彼女にとっては大変さより、有名講師が教える授業や、講座の仲間との出会いが楽しく、苦とは感じなかったようだ。

「コピーライターの仕事はおもしろそうでしたが、その時々で作品の仕上がりにムラが出そうなのが怖かったんです。それに静岡にはコピーライターの求人がないのもネックでした」

その後、コピーライター講座の上級クラスに進もうとしていたが、ひょんなことからSPプランナー講座へ。新しい出会いで多くの人脈を得ることができ、とても刺激になったという。

同じ頃、ビジネスセミナーにも通っていた彼女だが、将来に不安を抱く。「ビジョンをしっかり持った人が多く、私も、今後は正社員を目指そうと就職先を探したのですが、なんだか心がスッキリしなくて……。自分が何をしたいのかわからず悩んでいました」

偶然にも、派遣先の広告代理店から、筆文字を書いてほしいと頼まれる。初めての仕事とあって気合を入れ、自信作を何点か提出するが、すべてボツに。

「担当者から、『キミの字はうまいけど、広告の雰囲気が伝わってこない』と言われてショックでした。23年間書道を続けてきたのは何だったのかと。お手本通りに書くのではなく、感性を溢れさせて書かなければと思いました。そのお披露目の場として、以前知人に勧められたブログを活用しました」

岩科さんのブログ「書道家OLのきょうの筆文字」は、気になった風景や食べ物、モノなどを撮影して、その隣にアレンジした筆文字を合わせる。

「楽しんでつくれるし、ブログを見て客観的に意見を言ってくれる人も多く、とても勉強になりました。『このブログがすごい!2006』の、ベストブログ7位にも選ばれました」

派遣の契約期間が満了になり、自分の進むべき道を考えた時、東京でコピーライターとして就職することも頭をよぎった。広告系の筆文字も覚えたが、フリーとなる自信はまだない。人生の岐路に立った彼女は、起業家セミナーを受講してみようと考えた。

「そこで、現在入居しているSOHOしずおかのインキュベーションマネージャーに出会い、独立に躊躇する私の背中を押してもらったんです。派遣社員で将来像を描けず、もんもんと働くなら、大好きな書に携わりながら楽しく仕事をしたい、と思いました」

  「桜」は、今年の春のブログ用に制作したもの

2006年4月に、岩科蓮花事務所を開設。集中して書くためには、明確な気持ちの切り替えが重要と感じ、SOHOしずおかのインキュベーションオフィスを利用。開業資金は50万円。オフィス入居時の保証金や家賃が30万円、パソコンを新しく購入し、書道用の半紙など、消耗品と合わせて20万円で済ませた。資金はすべて、自分の貯蓄から補った。

「独立を機に、ブログのタイトルから“OL”の二文字を取ったんです。『書道家蓮花のきょうの筆文字』にした頃から、問い合わせが増え始め、飲食店の看板など様々な仕事の依頼がきましたね」

1点の作品を仕上げるために何百枚も書くが、その中でも満点のものはなかなかない。こういったプロ意識が料金の裏づけにあるため、当初は料金設定が苦手だったという。今では自信を持って料金設定ができるそうだ。

「派遣社員の頃は給料をもらっていましたが、今は自分ですべて稼がなければならない。プレッシャーは大きいです。その一方で作品を喜んでくれる方々の笑顔に支えられています」

彼女が仕事で心がけるのは、美しい文字を書くことはもちろん、クライアントの欲するものを的確に感じ取り、その先の消費者の視点まで考えること。

「合成はしない主義。一点ずつ写真も自分で撮影し、文字を組み合わせてつくっています。作品のためには苦労を惜しまず、東京タワーの写真が必要なら東京まで出かけていって撮影します。普段から、どうしたらもっとおもしろくなるのか?を考えています。想像力を高めるためには、真剣に一つ一つの仕事に向き合うことが大切です」

周囲の反応が何よりも仕事の励みになるという彼女は、この1年で大きな自信をつけることもできたという。

「今後は、私の筆文字を通して、日本の伝統文化の書道を、近代アートとして海外に広めていきたいですね!」

取材・文
浅子 百合(クレッシェント)
撮影
鈴木 慶子
PERSONAL DATA
開業資金
開業資金は50万円。インキュベーションオフィスの家賃と保証金、パソコン購入費など。すべて自分の貯蓄から
技術の修得
小学生の頃から習っていた書道と、コピーライター講座で学んだクリエイティブの知識を融合させた
労働時間・休日
休みはしっかり取るようにしている。夜は書かないと決めているので、平日の夜は情報収集の時間に当てている。書は毎日書かないと勘がにぶるので、ほぼ毎日筆は握っている
収入
派遣の頃よりアップ。倍以上の収入になっている
会社概要
所在地 :静岡市紺屋町
開業年月 :2006年4月
開業資金 :50万円
売上高 :600万円