起業を選ぶ女性たち ENTRE WOMAN

(有)和楽舎 代表取締役山本 千恵子 さん(58歳)

「自分の大好きな文楽を、一人でも多くの人たちに知ってほしい。それが起業の動機なんです」

(有)和楽舎の代表取締役・山本千恵子さんはそう話す。彼女こそ、「好きを仕事に」を地でいく女性起業家だ。

山本さんは大学卒業後、出版社を経て建設会社に入社。出版社時代に写真家の男性と知り合い、25歳で結婚。

「フリーの夫と時間を合わせたいと、会社を辞めてしまったんです。でも、その後何の目標も持てず、専業主婦でボーっと過ごす日々。見かねた夫からも、何か始めるよう急かされ、ふと目にしたカルチャーセンターのシナリオ講座に通うことにしたんです」

そこで書くことの楽しさを覚え、ミニコミ誌をつくってみようと思い立つ。

「当時、私の住んでいた地域の情報を掲載するミニコミ誌を発行しようと考えたんです。企画・編集・執筆・営業をすべて一人でやっていました」

広告営業では、勇気が出ずに商店街を行ったり来たりすることも。体当たりで営業をして、出稿してくれる店を集めた。何とか最初のミニコミ誌5000部を発行すると、地域に密着した情報が地元で人気となり、隔月で定期的に発行。とはいえ、広告料はすべて制作費で消えてしまい採算は厳しい。編集プロダクションに入り、1年たった頃、ミニコミ誌を休刊にした。

しかし、このミニコミ誌を一人で制作していた自信が、その後の仕事に表れた。雑誌の編集では、著名人への取材も臆することなく積極的に行った。

「その頃、自分の担当するページで文楽の竹本住大夫さんを取材するため、勉強をしておこうと舞台を観に行くと、感動して言葉も出ませんでした。私の人生を変える文楽との出合いです」

それからは、住大夫さんの舞台はすべて鑑賞。観た後は感想を手紙にしたため、自宅に郵送した。原稿料のほとんどがチケット代や文楽の資料代に消えた。なんとそれは10年間も続くのだ。

「服も買わずに文楽ばかり追いかける。変わってますよね(笑)」

自分を虜にした文楽を、さらに広めたい。山本さんは、大夫と三味線だけの素浄瑠璃公演を企画。住大夫さんを説得して、出演をOKしてもらう。

「チケットはすぐに完売し、後は公演を待つのみでしたが、直前で住大夫さんが倒れてしまったんです。公演は延期となり、チケットを申し込んでくれたお客さまに、それを知らせる手紙を送ったのです。すると、ほぼ全員がキャンセルをせず、次の公演を待つと。こんなにコアな文楽ファンがいるのかと感激。この方たちが喜ぶことをもっとしたいと思いました。そんな時、ファンの方から住大夫さんのCDがあれば……という要望があったのです」

CDは現在11作目を製作中。告知はホームページで行う。初心者にもわかりやすいよう解説には工夫を凝らしている

人間国宝・竹本住大夫さんの文楽CDを出す。最初は半信半疑だった住太夫さんも、彼女の熱意を理解しCD化を許可してくれた。ただし、住大夫さんの音源は国立劇場が所有。音源の借し出しのお願いに行くと、契約するには法人が望ましいと言われてしまう。それまで法人化など考えたこともなかったが、伝統芸能を後世に残すことによって、自分も社会の役に立てるのではないかと考え、今後、継続的に事業として取り組むためにも起業を決意。2004年5月に鋸a楽舎を設立した。国立劇場と契約はできたものの、今度はCDの製作会社探しとそのための製作費が問題だった。

「CD製作なんてもちろん初めてでしたから、友人に音楽会社を紹介してもらって、プレゼンから開始。幸運にも文楽ファンの担当者がいて、すぐにOKが出ました。でも資金がない! 頭を悩ませた末、一口5万円、一人最高50万円として『文楽ファンド』を募ることに。知人に声をかけて、何とか125万円集めました」

資金も集まり、何とか1作目が完成。しかし、問題はまだまだ山積みだった。

「自社サイトで通信販売をしようと考えていましたが、もっと多くの人に宣伝したいと、国立劇場での販売を考えました。ですが販売ブースを借りるのに、最初は、なかなか本気の度合いが伝わらず、その分許可が下りた時はうれしかったです」

2作目以降の音源がすんなり借りられず、やめようと考えたこともあったという。しかし、それでは待っていてくれるお客さんを裏切ることになってしまうと思い、粘り強く交渉し続けた。彼女にとって文楽CDは単なる商品ではなく、好きを仕事に変えてくれた大切なものだ。好きなことを仕事にできた喜びと、多くの人に文楽を知ってもらいたいという情熱があるからこそ、乗り越えられたと彼女は言う。

そんな彼女の努力が実り、CDは現在11作目を製作中だ。

「カナダの映画監督が製作(79年)した文楽のDVDで、かつての名人たちと出会い感動。すぐに上映会を企画しました。これからも、文楽ファンの立場から挑戦していきたい。やっぱり好きを仕事にするって最高ですね!」」

取材・文
浅子 百合(クレッシェント)
撮影
内海 明啓
PERSONAL DATA
開業資金
自己資金の50万円に加えて、文楽ファンドを募って125万円を集めた。また、女性の起業支援をするWWBジャパンからの融資で45万円を借りられた
技術の修得
CD製作の知識や経験はないので、わからないことはすべて聞く、という姿勢で学びながらの進行だった
労働時間・休日
休みはほとんどない。休日には公演が多く、ビラまきなどを行っているので、休む暇はない
収入
CDの売り上げのほとんどは、次回の製作費に充てるため、手元にはほとんど残らない
会社概要
所在地 :埼玉県ふじみ野市
開業年月 :2004年5月
資本金 :50万円
売上高 :600万円(2006年4月期)