起業を選ぶ女性たち ENTRE WOMAN

(有)大勢産業 (ル・グラン・ブルー) 代表取締役 伊勢 千賀子 さん(35歳)

フランス料理店「ル・グラン・ブルー」の厨房には、初夏の食材、そら豆や、今収穫したばかりのみずみずしいレタスが並んでいた。この店のオーナー伊勢千賀子さんは、OLから料理人へと転身し、地元の食材を生かした料理づくりを心がけている。

伊勢さんは短大卒業後、証券会社に就職。営業担当として働くが、自分に合った仕事ではないと感じていた。そんな中で、会社員時代に彼女が楽しいと思えることがあった。

「部などで宴会をする時は、食材を大量に買い込んで料理を自分たちでつくっていたんです。そこで同僚たちが料理をキレイに平らげてくれると、気分が良くて。みんなの『おいしい!』という言葉がうれしかったんです」

料理は興味のあった分野だけに、その喜びはいつしか心の中に蓄積されていった。「もっとおいしいものをつくるために、一から料理を学びたい」。彼女は6年間勤務した会社を退職し、26歳で新たな一歩を歩みだした。

伊勢さんは料理学校に入学し、調理のプロを目指す1年間コースを選択。料理の基本はもちろんのこと、調理人としての心構え、厨房での役割などを学んだ。しかし、いざ就職となると、26歳の女性ということがネックに。調理人として育て始めるには年齢が高く、しかも女性でいつ辞められてしまうかわからない、と雇う側に思われてしまったようだ。学校にも応援を依頼して、ようやく先生の紹介で盛岡市内のホテル厨房への就職が決まった。

厨房では、1日中皿洗いや、野菜を切る作業が続く。1日中立ちっぱなしの仕事は体にも堪えた。毎日続く先輩からの叱責。それでも彼女は、自分が信じて進んだ道を後悔することは、一度もなかったという。

「体力的にはキツイと思いましたが、毎日楽しかった。丸5年たって、やっとシェフのアシスタントとしてフレンチの厨房に異動になったのです」

しかしその後、ホテルがフレンチレストランの閉鎖を決定。洋食を極めたいと他のホテルや店をあたるが、盛岡市内にフランス料理店は数えるほどしかない。一時は地元を離れることも考えたが、もっと盛岡の人たちにフレンチの良さを伝えたい! ととどまった。

「調理人にとって自分の店をもつのは夢。先輩シェフたちと話し合い、その夢をみんなで叶えようということになったんです。ただ、先輩たちは職人としてシェフ一筋。お客さまと接したり、店の運営をするのは苦手。私は営業経験もありましたし、それなら私が社長になる! と決めたんです」

他店の先輩に相談すると、法人化して開業したほうがいいとアドバイスされ、早速、起業準備に取り掛かる。

「商工会議所に行って、自治体の起業家セミナーがあることを教えてもらったり、起業に関する本を読み漁りました。自治体の相談窓口も利用して、資金調達の相談もしました。そして、当時、資本金1円で起業できる、最低資本金規制特例制度を知ったのです」

大きな駐車場を完備している。「ファミリー層も狙っているので駐車場は重要」と伊勢さん

伊勢さんたちは、シェフ仲間3人で(有)大勢産業を設立。2003年9月「ル・グラン・ブルー」を開業した。開店当初、お客さまから料理について質問された時に対応できるようにと考え、伊勢さんはホールでの接客を担当。

「『洋食店でカレーやパスタがないのはどうしてだ』など、予想外の質問も多くありました。地元の人にとって、フランス料理は自分が考えていた以上に浸透していないのを痛感しました」

開業後間もなくは、来店者数に伸び悩んでいた。自分たちのスタイルをお客さまに押し付けているのではないか? そう考え、あえて味付けを濃くして料理の量を増やそうと決めた。しかし、そこでパートナーであるシェフとぶつかってしまう。

「シェフにとって、それは邪道だという意識が強かったんだと思います。たとえ私がオーナーでも、厨房に入ればシェフのほうが上、敬意をもって接していかなければうまくはいきません」

シェフにとっても店の成功を願う気持ちは同じ。少しずつアレンジを加え、地元の人に喜ばれる料理を考えた。またパーティプランを充実したり、地場の食材を積極的に取り入れ、料理に生かす工夫も重ねた。そんな努力の甲斐もあって、徐々に集客が伸び始める。おばあちゃんたちが、店でフレンチを食べる姿も珍しいものではなくなっていた。ホールを任せられる社員が入り、伊勢さんもやっと厨房担当に。

「最近は、農家から直接野菜を買い付けていますが、珍しい食材が入ると持ってきてくれたりするんです。最初から地産地消を目指していたわけではなかったんですが、岩手にはおいしい食材がいっぱいある。それを生かさない手はないと思ったんです。シェフたちと、新しい食材を前に、どんな調理法が一番おいしいのか考えることもしばしば。でもそれが楽しみなんです。盛岡にもっとフレンチを広めたい。それが今後の私の使命と思っています!」

取材・文
浅子 百合(クレッシェント)
撮影
今井 聡志
PERSONAL DATA
開業資金
開業資金は1400万円かかっている。自己資金は700万円。みんなで出し合い、不足分は銀行から融資を受けた
技術の修得
1年間料理学校に通った後、ホテルに就職して厨房で修業。現在も、シェフに怒られながら料理を教えてもらう
労働時間・休日
ホテル時代はつくることだけだったが、起業して店の時間以外は、会社の雑務が増えて仕事時間は長くなった
収入
前職のときより下がっている。自分の給料で会社の売り上げを調整することもあるとか
会社概要
所在地 :岩手県盛岡市
設立 :2003年6月
資本金 :1400万円
売上高 :2000万円
(2006年3月期)
従業員数 :4名