人工乳房で心の傷を癒やす。
そんな温かいものをつくりたい
「がんと闘い、そのうえ乳房まで失うつらさは、私たちが想像するよりずっと大変なことだと思います。体や心のダメージを、少しでも癒やすお手伝いをしたいと、この仕事を選びました」
りんとした表情で話すのは、オーダー・ボディ・ラボ代表の織田静香さん。
歯科医師の兄の影響もあり、歯科技工士専門学校を卒業して、歯科技工会社に就職した。しかし、ある時、人工 乳房製作を行う会社があることを知った彼女は、すぐその会社に連絡する。
「同じ女性として、乳房を失う悲しみを想像した時、自分も技術を身につけたいと強く思ったんです」
採用予定はないと断られるが、あきらめず、手紙などで思いを伝え続けた。
「1年後、入社許可が下りましたが、修業なので無給でした。貯蓄をはたいて、すぐに上京したんです」
1年後には患者を担当。歯科技工士の時は一度も患者と顔を合わすことができなかったが、この仕事は違う。大きな病気を経験した女性たちと向き合い、カウンセリングを行うことから始めることは大きな変化だった。
「最初の頃は、患者さんの話を聞いていると、病気の大変さに気持ちが沈んでしまいました。当然、仕事にも反映されて、でき上がりもさえなくなる。それを解消するため、聞いたことを自分の中にためるのでなく、一緒に解決するスタイルを見いだしたんです」
自分の気持ちを切り替えられた時に、やっと目の前の霧が晴れて、納得のいく仕事ができるようになったという。
2年後、技術を習得した彼女は、開業を目指し福井に戻る。しかし2年間無給で働いたため、貯蓄がない。
「開業資金は融資を受けました。必要最低限の機材をそろえ、自宅の半分を仕事スペースにして節約しました」
こうして2004年4月、オーダー・ボディ・ラボを開業。
「人工乳房製作は国家資格があるわけでもなく、医療行為でもない。だからこそ、患者さんに安心して選んでもらえる製品・場所をつくりたかった。でも、乳房をなくしたすべての方に人工乳房が必要とは思いません。洋服をバランスよく着たい、温泉に入りたいなど、その方のライフスタイルに必要なら、お手伝いをしたいと思っています。人工乳房は選択肢のひとつなんです」
彼女が心がけているのは、最初のカウンセリングから、すべて自分で担当すること。患者の生活環境をよく知り、生活に合ったものを提供したいからだ。
特に宣伝をしたわけではなかったが、織田さんが新聞に取り上げられると全国から患者が集まった。しかし、すべてを一人で請け負うため、月に4つの人工乳房製作が限界。寝る間も惜しんで製作に励んでいる。
「この人工乳房によって、今まで喪失感の中で過ごしてきた人たちに、少しでも勇気を与えられたらうれしいですよね。今後は、さらに心のケアにも力を入れるため、統合医療の先生などと連携を取っていくことを目指します!」