ルー大柴さんが連発する「ルー語」には腹を抱えた。中でも「藪(やぶ)からスティック」は腹筋をワシヅカミされたようなインパクトだった。
そのセリフをどうしても使ってみたくて、20代起業家の大チャンに新年早々電話をかけた。相手が名乗るのも待たず、「おめでとう。増田です。さて、大チャンの今年の目標は何?」と一気呵成に話し掛けてやった。それで彼がうろたえたら、「ごめん、ごめん。藪からスティックだったね」と言って電話を切るシナリオだったのだ。
ところが大チャンのヤツ、即答しやがった。「はい、今年の目標は昨年までの自分と違う面を皆さんにお見せすることです。あ、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」と。よく考えると極めて内容の薄い回答なのだが、対応の早さや形式には非の打ちどころがなく、私は用意していたセリフをついぞ使うことができなかった。まことに残念であった。
だいたいいつも彼は「今年の目標」の答えのごとく、その場しのぎの返答で状況を無理やり打開してくる傾向がある。とはいえ、藪からスティックが突き出されようが、スネークが飛び出してこようが、とりあえず逃げ出さずに何とかしようとする姿勢を持っているという意味においては、感心な若者だと思う。
中古OA機器をどこかから集めてきて別の企業に販売するのが大チャンの会社の事業だ。そこには丁々発止の駆け引きもあるだろう。また社長である大チャン自身が若いから、取引先から無理難題を突き付けられることもあるかもしれない。そんな経験のたまものか、とにかく彼は簡単に「No」と言わず、何事もどうにかしようと頑張る。私との間でも以下のようなやりとりがあった。
「大チャンの会社を記事にしたいんだけど」と私。「ありがとうございます。喜んで?」と彼。「でも東京で取材したいんだ(彼は名古屋の起業家)」「あっ、はい、もちろん伺います」「でも交通費が出せないんだよ」「えっ、いや大丈夫です。宣伝になるんですから自分で新幹線の切符を買います」「それなんだけどね、今回、写真撮影もあってさ、大チャンがいつも乗ってる、あのオンボロワゴンと一緒に撮りたいんだ。ダメ?」「いえOKっす。ということは、自分でワゴンを運転して東京に行けばいいんでしょうか?」「うん。でもあのクルマ、パワーないし、長距離運転は無理だよね……」「とんでもないっす。かなり早い時間に出発すれば大丈夫です」。こういう調子でとことん付いてくるのである。
安易に「No」と言ってチャンスをつぶすより、まずは「OKっす」と受け止めてチャンスの芽を生かしつつ、同時に相手の要求にどれだけ答えれば合格ラインに達するのかを模索するのが彼の流儀だ。実際、そういう時の大チャンの表情は、「OK」という言葉とは裏腹の形相になっている。偉いが笑える。
そうそう、私がパーソナリティーを務めるラジオ番組のゲストに彼を呼んだ時も、「収録は覆面をかぶってやるぞ。そのほうが番組を見ている人にウケるからな」と、無理強いすると、「ラジオなんですから、見る人なんていませんよ」などと一言も言わず、ちゃんと「マイ覆面」を持参してきたものだった。
こういう若者はいい。結局はチャンスをものにしてどんどん成長していく。成長する人間と付き合うことほど面白いことはない。だから私はああだこうだと言いながら、ことあるごとに大チャンとトゥギャザーしてしまうのである。
1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。