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アントレ編集長対談企画 為末大 × 田坂広志

Entre TALK Special Edition

新しい生き方を拓くために 〜自分の能力の隠された次元に迫る〜

ロンドンオリンピックを目指す為末大氏

素敵なゲストをお迎えする対談企画、アントレトーク。
今回は、お二人のゲストを囲んでの特別対談である。

お一人目は、世界に誇るトップアスリート為末大選手。
小柄な体格を克服し、世界舞台で2度のメダルに輝いた。
年齢限界も突破し、次期五輪に挑む“侍ハードラー”である。

お二人目は、教授、作家、経営者、思想家と多才な田坂広志氏。
常に“新しい生き方”を我々に照らしていただく師範でもある。
その智行は、ダボス会議、TED会議など世界に広がっている。

対談は、為末走法のごとく前半からエンジン全開でスタート。
スポーツアスリートとビジネスアスリート。
二人の頂点が照らし出す、“心身一如の叡智”とは?
人生のハードルを跳び越える不思議な力に迫った。

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ロンドンオリンピックを目指す為末大氏
最後の1〜2%を頑張れるか。その差がとてつもなく大きい。極限まで自分に向き合う“準備”が結果を引き寄せる。
為末 大
ためすえだい 1978年、広島県生まれ。世界大会において、トラック種目で日本人初となる2つのメダルを獲得した陸上選手。専任コーチをつけず、「能の舞」など常識破りの独自走法を生み出し、170cmと決して恵まれているとはいえない体躯ながら、世界の強豪と対等の戦いを展開する。“侍ハードラー”の異名を持つ。2003年、大企業の陸上部という安定生活を辞し、プロとして独立。世界を転戦し、現在は拠点を米・サンディエゴに移して2012年のロンドン五輪に向け調整中。また、陸上の認知拡大を目的とした「東京ストリート陸上」を企画開催するなど、“陸上宣伝部長”としても活躍している。
[侍ハードラー 為末大オフィシャルサイト http://tamesue.jp ]
教授、作家、経営者、思想家と多才な田坂広志氏
表層的な知識ではなく 身体的な智恵こそが 他者との共感を生み、世界を変えていく。
田坂 広志
たさかひろし 1951年生まれ。1981年東京大学大学院修了。工学博士。1987年米国シンクタンク・バテル記念研究所客員研究員。1990年日本総合研究所設立に参画。10年間に異業種企業702社と20のコンソーシアムを設立、運営。数々のベンチャー企業と新事業を育成。取締役・創発戦略センター所長を歴任。現在、日本総合研究所フェロー。2000年多摩大学大学院教授に就任。同年シンクタンク・ソフィアバンクを設立。代表に就任。2008年世界経済フォーラム(ダボス会議)のGlobal Agenda Councilのメンバーに就任。2010年4人のノーベル賞受賞者が名誉会員を務めるThe Club of Budapest の日本代表に就任。著書は50冊余。主な著書はアジア各国、欧米でも翻訳出版され、海外での講演活動も数多く行っている。
藤井 薫 アントレnet、アントレ編集長
藤井 薫 アントレnet、アントレ編集長
ふじいかおる 入社以来、人材サービス事業に従事。『B-ing』『TECH B-ing』『Digital B-ing』『works』『Tech総研』の営業、編集、商品企画を担当。『TECH B-ing』編集長、『Tech総研』初代編集長を歴任。2004年、アントレ事業部へ。07年、コンピタンスマネジメント支援室にて、組織固有智の開発浸透を兼務。講演・メディアへの出演・寄稿多数。[趣味のバイクレースのエピソード。タイヤテストはあいにくの小雨で、タイヤ一本分のみドライ路面。数cmでもラインをはみ出せば即転倒と知りつつ、180km/hから覚悟を決めて、最終コーナーに飛び込む。その時、“それ”は訪れた。オン・ザ・レール。まるで自身を実況しているように、マシンと身体は流麗に旋回した。初感覚。超緊張→超覚悟→超集中→超自我は、超気持ちいい。「超」は自分をメタメタにする鍵穴だ。]
教授、作家、経営者、思想家と多才な田坂広志氏

自己と向き合うことでしかハードルは跳び越えられない

藤井
為末さんの著書(*1)を拝読し、400mハードルが陸上競技の中でも最も過酷で、かつ緻密な競技と言われる所以を知りました。高さ91.4p、10台のハードルを世界は47秒台で駆け抜ける。
為末
ハードルを跳びながら、100mを12秒以内で走らなければなりません。それが4度続くと考えてください。過酷です(笑)
藤井
さらに酸素を使い果たす後半約12秒は、酸欠で目の前が真っ白になって、空腹時は胃酸が食道を傷つけて、血を吐くと。
為末
技術と根性の闘いです。
藤井
著書で「勝つためには、徹底した自己分析が必要」とおっしゃってますね。自己の強み弱みを冷徹に直視し、心と体を内観する姿に、我々は深く学ばなければならないと思いました。
為末さんは、何故ここまで自己に向き合えたのでしょうか?
為末
陸上競技は個人の闘いなので、自分としっかり向き合うことこそが最善の戦略になります。まずは自分のことを知り、自分の能力を最大限に引き出すにはどうしたらいいかを突き詰める。アスリートとして避けては通れないことです。
藤井
シドニー五輪で転倒し、予選敗退したビデオは、帰国後しばらく見ることができなかったそうですね。しかし、自分の弱い部分を見ないで現実逃避し、不運だったとなにかのせいにする方が惨めだと切り替えた。
為末
はい。そうした気持ちを支えたのは使命感ですね。自分と向き合うことにゴールはないので苦しいですが、極限まで自分と向き合えるかどうかが、結果に繋がると体感したのです。
藤井
自分の内にあるハードルに向き合わない限り、自分の外にあるハードルも決して跳び越えられない。これは、外部比較に囚われやすいビジネスの世界でこそ大切な姿勢だと思います。
田坂
そうですね、自己の内面を深く見つめないとどんな世界でも通用しません。スポーツの世界に王道がないように、ビジネスの世界も同じです。仕事を通じて自分の能力の限界に向き合わない限り掴めない「深い叡智」の世界があり、ビジネスの世界でも、そうした極限の世界を実際に体験したか否かが問われます。

準備をした心にだけチャンスは舞い降りる

為末
今まで色んな方々とお会いしてきましたが、大成されている方に共通しているのは、自分を忘れて無我夢中になれる瞬間があるかどうかだと思います。
藤井
自己と向き合うことは、自己を忘れること。なにやら道元禅師(*2)に接している気がしてきました。無我の状態、いわゆる超集中状態になると思わぬ結果が残ることがありますね。今までの競技人生の中で超集中状態に入り込んだことはありますか。
為末
何度もはないですが、経験はあります。ただ意識的にその状態にはなれないですね。できることと言えば準備をしておくことです。日ごろから自分といかに向き合ったかが超集中状態として出てくる気がします。
田坂
そうですね。準備したから必ず結果が出る訳ではありませんが、準備は大切です。私は著者でもありますが、極めて高い集中状態で書いた文章は、不思議なことに、推敲のとき筆が入らないのですね。書いた時点で完成している。その集中状態を生むために、執筆前には森を散策しながら瞑想をするといった準備はしているのですが、それをすれば必ず集中状態が生まれるわけではなく、それを続けていると、その状態がふと降りてくるのですね。
藤井
準備の英訳はpreparedness、readiness.ですが、再和訳すると、覚悟となりますね。“Chance favours the prepared mind” (*3)「チャンスは準備された心に舞い降りる」は、私の好きなパスツールの名言ですが、the prepared headと言わなかった。準備された頭、つまり、心でなく頭で準備した覚悟のないものには、“それ”は舞い降りない。

天才と凡人を分ける最後の数%の境地

為末
準備と能力の発揮ということで言うと、スポーツの世界では順番が逆なことが多々あるんです。例えばスポーツ栄養学では昔の食事が理想的という研究があるのですが、当時からそんな学問はなかったわけで、昔の人は食べたいものを食べていたらバランスのいい食事になっていた。この事例から考えると、体はもともと何が必要か知っているのに、それを余計な考えで歪めて能力の発揮を妨げていることもあるかもしれませんね。
藤井
田坂さんのご著書(*4)にもあるように、「新しい知のパラダイム」は、「頭脳の知」から「身体の知」にシフトしているようですね。これは、われわれビジネスマンへの警鐘とも受け取れます。
田坂
単に書物で「表層的な知識」を学んだだけで、体験を通じてしか掴めない「身体的な智恵」を掴んだと錯覚する。それが現代の病ですね。その「表層的な知識」と「身体的な智恵」の違いを教えてくれる野球のエピソードがあります。「安打製造機」と呼ばれた張本選手のところに、ある日若手選手が「理想のバッティングフォームを教えてください」と聞いてきた。彼は「理想のフォームを知りたいならば、一晩中素振りを続けなさい。疲れ果てたときに出てくるフォーム、それが君にとって一番無理のない理想のフォームだよ」と答えたそうです。極限状況のなかで、自分の体で掴むということを教えたのですね。
藤井
為末さんは、ときに嘔吐し、気絶するほどの厳しいトレーニングを、何千、何万回と繰り返すことができる。だからこそ、大柄な外国人選手と伍して闘っていける。為末さんの命を削るような錬磨こそが身体的な知を生み、結果を引き寄せるのですね。
為末
マニュアル的なものにのっとれば、ある程度のレベルまではいけると思うんですが、最後の1〜2%を頑張れるかどうかが重要で、そのためには自分で極めることは大切ですね。
田坂
「天才と凡人の違いとは、凡人がもうだめだと思ったところから、あと5分頑張れるのが天才だ」という諺があります。多くの人が、その5分間の勝負に負けてしまうのですね。
為末
そのためには結果としてしか得られないものを目的にしてしまっては本末転倒で、努力が続かない気がしています。
田坂
そうですね。例えば、ピカソは「創造性」を身につけたいと思って努力したのではなく、自分が表現したい絵を求めて描き続けたら、世の中が「創造的」という能力を身につけていたのですね。しかし、いま、多くの人々が、結果としてしか得られないものを、目的とするという落し穴に陥っている。それも、現代の病ですね。
藤井
オイゲン・ヘリゲルは『弓と禅』(*5)の中で、「的を狙うな」という師の教えに葛藤しながら、最後は論理的な自己を滅却して、正しい射を放ちました。 われわれも、“外なる的”が気にならないくらい、無我夢中にならなければいけませんね。

退路を断ったものが引き寄せる不思議な出会い

藤井
為末さんは大学時代、お金もコネもなく、語学力もおぼつかない状態で、片道切符でヨーロッパへ赴き試合に出ました。何がそのような思い切った行動に突き動かしたのでしょうか。
為末
自分の成長のためには必要だという思いだけで行きましたね。
藤井
ヨーロッパ転戦時のエージェントやプロ独立を支援してくれた社長など、為末さんが退路を断って決断する時に、反対する方もいる一方で、その後の人生を左右する支援者と巡りあっていますね。この不思議な縁はどこからやってくるのでしょう。
為末
応援者を増やしたいと思って行動するのではなく、自分が正しいと思う淀みのない気持ちで進んでいけば、それに共感してくれる人は必然的に現れると思います。
藤井
人と人が引き合う見えない力が実際にあるのでしょうか。
為末
具体的なことはわからないですが、人と人が繋がる空気というのはあると思います。陸上で言うと追い風でもないのに何故か大会記録が出る試合があるんですね。そんな時は観客の期待が高まっていて、それが選手にも伝わり、それが結果に繋がる。会場全体が“何か起きるんじゃないか”という不思議な空気に包まれるんです。
田坂
そうですね。人間の心は、どこか深いところで結びついているのですね。そのため、場の中心にいる人物の精神状態が、その場の空気を変えてしまうということが起こる。そして、ポジティブな想念を持った人物の周りには、ポジティブな想念を持った人々が、自然に集まるのですね。

自分の新しい次元を拓くいくつもの自分

為末
マネジメントということで言うと、意識的に選手をポジティブにさせるのは難しくて、言葉を投げかけたから変わるというものではないんですよね。
田坂
その理由は、言葉が分離を生み出すからです。例えば、選手に「君なら絶対やれる」と言葉をかけると、心の表層にプラスの想念を引きだす一方で、心の深層にマイナスの想念が蓄積されてしまうのですね。ただ、唯一、その分離が起きず、マイナス想念が生まれないのが、子供ですね。子供は無邪気だから、「邪気」(マイナス想念)がない。それゆえ、経営者の世界でも成功する人には、この「無邪気」な人が多いのですね。ただ、正確に言えば、こうした人は「無邪気な人格」だけでなく、「利己的な人格」や「成熟した人格」など、様々な人格を持っていることが多い。野球のイチロー選手が、ある大試合を前に「緊張しますか?」と聞かれ、「緊張はする。でも、それを楽しむ自分もいる」と答えたことが象徴的です。そして、自分の中の多様な人格をコントロールできるとき、最高の能力が発揮されるのですね。
為末
確かに、陸上でも記録が出る時は自分のエゴがなくなって潜在意識の世界に入っています。最後に結果を出せるのはメンタルコンディションができる人ですね。
田坂
それは、ビジネスの世界でも同じですね。
藤井
頭の中の“意識している自分”に対して、体の“無意識の自分”は、集合的無意識という民族共通の自分ともいわれますね。以前、お話しを伺った作家で禅僧の玄侑宗久さんは、瞑想の境地を、「あくびのように、無意識に意識の糸を垂らして、釣り上げる」と表現されていました。そのように潜在意識をコントロールすることはできるのでしょうか。
為末
意識的にコントロールするのは難しいですが、例えば体にある一定のことをすることで心のコントロールはできるかもしれませんね。
田坂
イチロー選手は試合の前には必ず球場の一定の場所を見つめて精神統一していますね。このように、行為をルーチン化することで、無意識の世界に働きかけることができる。それを「行」と呼ぶわけですね。

必死という字を見つめるとき不思議な力が湧き上がる

藤井
先ほど為末さんから試合会場を包み込む空気が全体的な動きを創りだしていくというお話がありましたが、一人一人のささやかなゆらぎが社会全体のムーブメントを作っていく可能性について伺えますか。
田坂
個人の生み出した小さなゆらぎが世界全体の大きな動きを生み出していくのは、そこに強い「共鳴力」があるからですね。そして、その共鳴や共感を生み出すのは、「表層的な知識」ではなく、やはり「身体的な智恵」なのですね。
藤井
自分で体験して、突き進んでいかないと分からないことがたくさんある。新しい世界を拓く読者には勇気づけられる話です。 最後に読者へメッセージをいただけますか。
為末
自分を演じないことですかね。素直に見たものをそのまま受け取っている人には共鳴力を感じますね。いろいろ考えをこねているよりも直感を大切にすることは大事だと思います。
田坂
人間は、必死になるとき、自分の中に眠っている能力が湧き上がってくる。では、「必死」とは何か。実は、「必死」と書いて「必ず死ぬ」と読む。そうであるならば、我々は誰もが、常に「必死」。そのことに気がついたとき、我々は、この一瞬にすべての力を出し切ることができるのですね。我々の人生は、実は、過去も無い、未来も無い、有るのは、ただこの現在の一瞬だけなのです。そのことを覚悟したとき、我々の中から想像を超えた不思議な力が湧き上がってくるのですね。
藤井
本日は、400mハードルの後半の如く、無意識なる深い境地へ誘っていただきました。「尋ねないで稽古しなさい」というお二人の無言のメッセージを静聴し、明日からも“生の飛躍”を続けていきたいと思いました。有難うございました。

編集/アトリエあふろ(佐瀬進彦・清水友紀)
撮影/シンラクリエイション(赤松洋太)
デザイン/アトリエあふろ(村上茂昭・舟橋雄二)
取材協力/田坂広志氏(シンクタンク・ソフィアバンク代表)

*1『インベストメントハードラー』
(為末大著/講談社)
日本を代表するハードル選手、為末大。大学の選手時代から社会人選手、安定した企業を辞めてのプロ活動を経て、彼が世界で見てきたものとは。プロのアスリートとして世界を巡る事は、資金や支援者なくしては実現不可能なこと。陸上を職業として生きていくことを決めた彼の仕事観とお金に対する考え方が詰まっている。
*2 「自己とは何かを問うことは、自己を忘れること。すべての存在の中に自己を会得すること」―『道元禅師』(立松和平著/新潮文庫)
立松さんは以前、アントレ編集長インタビューで登場いただいた。2007.12月号
*3 “Chance favours the prepared mind”
細菌学の開祖ルイ・パスツールの名言。50年にわたり準備した末、ようやく狂犬病ワクチンを開発した。
*4 『まず、世界観を変えよ――複雑系のマネジメント』(英治出版)
複雑化する社会に処するための「7つの知」と、生命的世界観を導く「10の視点転換」を語るマネジメント層必見の書。なかでも、「身体の知」「臨床の知」「暗黙の知」は、従来頭でっかちな分析知を超える、新しい時代の有効な知の在り方として、田坂氏が紹介している。
*5 『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル著/福村出版)
大正末期に、日本に滞在したドイツ人哲学者オイゲン・ヘリゲルの弓道修行の記録。論理主義者であった著者が、弓の修行を通して彼の論理主義を滅却し、無の境地に至る過程を描いた感動の物語。
ロンドンオリンピックを目指す為末大氏
藤井 薫 アントレnet、アントレ編集長

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