笑いと気づきの人間讃歌! おとぼけ起業家列伝

笑いと気づきの人間賛歌! おとぼけ起業家列伝

第32回 南国果実の女


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イラスト / 本田佳世

我ながら懐が小さいというか、包容力がないかというか、「いい加減に慣れろよ」と言いたくなるのだが、女性にハグをされた時の私の浮足立ちぶりたるや、まことに情けないものがある。ハグだけに「包容力がないというより、抱擁力がないのかもねえ」なんていうオヤジギャグを口にするのは平気の平左のくせに、女性に腕を回された途端、ひざがガクガクしてくるのだから、どうにもこうにもカッコ悪い。

ちなみに記憶をたどってみると、ハグを好む女性には共通点がある。ひとつには欧米文化に親しんでいる人。もうひとつは、なぜだがわからんけど、顔が濃い系の人だ。「えっ、うそ!? 今回の主人公ってワタシ?」と心配になってきた人が少なからずいるんじゃないかなあ。さあ、誰なんでしょう?

九州・沖縄地方の女性起業家の皆さん、ご安心を。今回の話題の主はあなたがたではない。名古屋のアニータさんだ。容姿もノリもラテン系(またはフィリピン系)の超ネアカ起業家の彼女こそ、私への「ハグ強要平均時間最長記録」を誇る人物である。

映画で外国人同士がハグする姿を見るが、早いと2秒、普通で3秒、長くても6秒後には密着を解除している。ところがアニータさんときたら、30秒はくっついている。ハグが苦手な私にとって30秒は、一般人の30分に相当する。結局、人目を気にしてオロオロするから長い時間に感じてしまうのだろう……。待てよ、ということは、反対にアニータさんたちハグ大好き系女性は人目を気にしないってことか? と書くと、「人目を気にするアンタがおかしい」と言われるんだろうなあ、きっと。

日本人論を展開する気はないが、日本人は世界的にもまれな多様性(多民族性)を有する集団である。まぶたが一重の人も二重の人もいる。汗をかく人もかかない人もいる。直毛の人も縮毛の人もいる。だからハグが得意な人も不得意な人もいていいのである(やや強引な理屈だが)。とにかく「ハグするな」とは言わないが、ハグされて落ち着かなくなっている私を許してほしい。そんな趣旨のことをアニータさんに伝えたら、「かわいい〜」と、またしてもハグられてしまった。もはや処置なしである。

たぶん、彼女は愛情が濃いのだ。強い愛、深い愛、激しい愛、たくましい愛、いろいろな愛のカタチがあるが、彼女のそれは南国フルーツのように濃厚なのだ。

だいたい初対面からしてそうだった。名古屋市内で開催された異業種交流会で私は彼女と知り合った……はずなのだが、「どうもそれ以前に会ったことがあるらしい」と、私は自分の記憶を疑わざるを得なくなった。だってその時のアニータさんは私と目が合うなり、「増田さ〜ん」と手を振りながら、満面の笑みで走り寄ってきたのだから。それってフツー、「親しい人と久しぶりに会った」時のパターンだよね。

失礼になってはいけないと、私は恐る恐る「えーと、前にお会いしたのはどこでしたっけ?」と探りを入れてみたら、「初めてですよー」と。「でも、私のことを知っている感じでしたが」とさらに聞いてみると、「交流会の主宰者から『増田さんという人が取材に来る』って聞いていて、それで本当に来てくれたから、感激しちゃって」だって。ね、濃いでしょ、彼女。リオのカーニバルに出られそうな濃さだよねえ。

そんな彼女もハウスクリーニングの会社を設立してまる2年がたった。実はその2年間、彼女とほとんど話をしなかった。起業するまではメールで、電話で、そして東京と名古屋という距離にもかかわらず、実際に何度も会って起業や事業経営について話し合ったのに……。抱きつかれると暑苦しいが、離れられると寂しいものだ。

とある晩、ケータイが鳴った。「あ〜ん、増田さーん」といういつものアニータさんの声。「実はね、今日で会社まる2年たったんです。今期は黒字だったの」と。そんな日にわざわざ電話をくれるなんて……。「今期は黒字」ということは、初年度は赤字だったということだ。私に泣き言も言わず、例の濃い愛情をお客さんとスタッフに一心に注ぎ続けた2年間だったのだろう。濃いだけじゃなくて偉い人だと心底思った。

ほどなく彼女が東京にやってきた。「増田さんにプレゼントがあるの。絶対似合うと思うよ」と。「いやいや、照れるなあ」とか言いつつ、ネクタイかシャツかと想像を膨らませて袋を開けたら、出てきたのは何と、チープなアフロヘアのヅラだった。まあ確かに似合うけど。私もどちらかといえば濃い顔つきだし。しかしねえ(苦笑)。

言うまでもないが、その時もハグった。過去最長の40秒(推定)。でも彼女の2年間の苦労に思いをはせていたら、それは瞬く間の出来事だった。相手を思う気持ちがあれば人目など気にならないものだ。私はアフロのヅラをかぶったまま、そう思った。

次回は2009年1月23日(金)更新予定。お楽しみに!

プロフィール

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増田紀彦
(社)起業支援ネットワークNICe
代表理事

1959年生まれ。87年、株式会社タンク設立。97年、「アントレ」創刊に参加。以降、同誌編集デスクとして起業・独立支援に奔走。講演やセミナーを通じて年間1000人以上の経営者や起業家と出会い、アドバイスと激励を送り続けている。現在、(社)起業支援ネットワークNICeの代表としても活躍中。また、中小企業大学校講師、(財)女性労働協会講師、ドリームゲート「事業アイデア&プラン」ナビゲーター、USEN「ビジネス実務相談」回答者なども歴任。著書に『起業・独立の強化書』(朝日新聞社)、『正しく儲ける「起業術」』(アスコム)。ほか共著も多数。

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