ばんどう・みき/徳島県出身。音楽大学を卒業後、ピアニストとして演奏活動を続ける中、自分と夫の皮膚疾患をきっかけに石けんづくりを開始。やがて石けんに植物の藍を使い始め、石けんづくり工房を夫婦で設立。現在は、各種の藍染め製品も製造・販売。
石けんは、温度・湿度管理をした熟成庫で、60日間じっくり自然乾燥させてでき上がる。合成保存料、合成香料、合成界面活性剤など、また石油由来成分はいっさい使われていない
石けんづくりを始めたのは、健康上の切実な問題がきっかけです。というのも、当時、夫がアトピー性皮膚炎を患っていました。それに、私自身もストレスが原因で顔中にニキビが。夫は、かゆみが始終やまず、洗顔のたびに皮膚がはがれ落ちて出血するというひどい状態。いろいろな薬を試したり、各地の病院に通っても、症状は一向に改善されませんでした。そこで、ハーブを使った手づくり石けんを使ってみることに。
最初は趣味でつくっていた知人からわけてもらって使い始めました。すると、使ったその日から皮膚のはがれ落ちが格段に軽減され、「なぜこんなに違うのだろう」と、ふたり共びっくり。試験的に、ハーブ石けんを3日使って3日やめるということを繰り返すと、その違いは症状に歴然と表れました。そこで、自分たちで、自分たちのための石けんをつくることにしました。ハーブやオリーブオイルなど、天然素材だけを使った石けんづくりです。そのノウハウが書かれた本はいっぱい出ていますので、私たちもそれを参考にしました。やがて、ここ、四国の徳島県で昔から栽培されている藍を使うことになったのは、いろいろな偶然が重なってのこと。それが後の開業へとつながったというわけです。
徳島県山川町にある藍の畑「吉田農園」で両親と。家族総出で種をまき、水をやり、葉を刈り取り、花を咲かせ、再び種を収穫。無農薬で、水は地下水を利用(写真提供/藍色工房)
私の実家は徳島県の山川町にあり、父は元・会社員でしたが、祖父の介護が必要になった時に勤務先を早期退職。母と一緒に、農家だった実家で畑づくりを始めることになりました。そこで栽培に着手したのが徳島県の特産品であるタデ科の一年草、藍です。それが、藍を原材料に石けんをつくろうとした3、4年前のこと。そもそも石けんづくりに藍を使おうと考えたのも、驚くような偶然によるものです。それは、実家に帰った時に見つけた古い薬草辞典。これも参考になるかもしれないとページをパッとめくってみたら、最初に出てきたのが藍の解説。腹痛や肌荒れに効果があると記されていました。母に話すと、「藍ならタップリあるんだから使ってみれば」と。
さっそく藍を使って石けんをつくり、まずは自分たちで使い始めました。すると、今までつくってみたどの石けんよりも肌にしっくりきて、夫の肌の症状もますます改善。それを知った友人たちが「私たちも使ってみたい」と言い出し、つくるたびに渡しているうちに、「お金を払ったほうが次からも気兼ねなく頼める。だから代金を取って」と言ってくれたんです。私たちは、「これって売っていいんだ。そんなに喜ばれるものなんだ」と。私たち以外にも、この石けんで肌の悩みから解放される人がいるかもしれない。いつか事業化できるのではないかと。夫は高松市の商工会議所が主催する創業塾に通い、私も異業種交流会や起業に関するイベントなどにどんどん顔を出すようにしました。
そもそも夫はコンピューター関連企業の会社員。私はピアニストという仕事を持っていましたが、夫は会社を辞め、私は仕事量を思いっきり減らして一緒に開業しました。本格的な事業展開に当たって、安心で信頼していただけるものを提供しようと、薬事法の化粧品製造販売業の許可も取得。そのうちに藍を使った石けんが多くの人に知ってもらえるようになったのは、マスコミ露出によるものです。開業の翌年、経済産業省の起業家育成プロジェクト「ドリームゲート」のビジネスプランコンテストで大賞を受賞したのです。その受賞がきっかけとなり、新聞や雑誌、テレビなどで取り上げられ、全国から注目していただけるように。
また、2007年に中小企業地域資源活用促進法が成立・施行されましたが、私たちの事業が初年度の事業認定を受けるという幸運に恵まれました。商品の研究開発に専門家のアドバイスが受けられるようになり、開発や販路の拡大に必要な補助金や融資制度も活用できるようになったのです。現在、専門家の先生たちと共に、藍の肌への有効成分に関して本格的な研究を進めています。実際、戦国武将が鎧の下に身に付けていた肌着にも藍が使われていたそうで、傷を癒す効果があったといわれています。すたれつつあった地元・四国の特産品である藍を両親が栽培していること、それを使った藍の石けんを始めとする新たな地元産品を生み出しているということに運命のようなものを感じているのは確かです。地域の活性化や、伝統産業の復興も含め、私たちのやるべきことはまだまだたくさんあると感じています。
自分たちの皮膚トラブルが石けんづくりのきっかけでしたが、やがて、藍を使った石けんづくりに至った時には、「今までにない藍製品ができた! これは私たちがやるべきこと」という使命感を得ました。そもそも藍は四国を代表する産品であることと、それを両親が新規就農で栽培し始めたこと。さらに、このままでは藍は日本人に忘れられてしまうのではという不安感を以前から抱いていましたので。「藍をふんだんに使える私たちが、とにかく動き始めなければ」と、地元愛のようなものが独立決断の原動力となりました。
300万円です。最初に使ったのは石けんづくりのための材料費と、ネットショップを立ち上げるためのサーバーレンタル料で、合計100万円ほど。残りは運転資金です。
夫が会社員時代に蓄えていた貯金です。また、開業直後に、香川県の「創業ベンチャースタートアップ支援事業」に認定されたことで100万円ほどの助成が受けられました。それがとても大きな安心材料になりましたね。
私の両親は、「いったい何を始めるつもり?」という感じでポカンという状態(笑)。特に母は、「ピアノの仕事はどうするんだろう?」と不安だったようです。友人たちも、「遊びに行くよりもピアノを優先していたあなたが、どうしちゃったの?」という様子でした。夫の両親はけっこう大らかに受け止めてくれて、「人生一度だし、そこまでやりたいならやってみなさい」と。創業後、藍の石けんを喜んでくれる方が予想以上に多いことを実感した母は、藍づくりにもいっそうやりがいを感じるようになったようです。
藍という植物を藍染め以外に使った事例がなかったので、「藍の石けんが本当に売れるの?」という不安は当然ありました。さらに、「ちゃんとPRできる? 事業として軌道に乗せることができる?」と、考え始めると不安なことばかり……。そんな時は、「まずはやってみるしかない。自信を持って取り組もう」と自分に言い聞かせるようにしていました。ただ、メインの材料である藍は自家製でふんだんにあること。それがあるからこそ安心して取り組めたことは確かですね。
開業前は、ピアノの仕事や子どもの世話で忙しかった私に代って、夫に高松市の商工会議所が主催する創業塾に通ってもらい、開業のために必要なノウハウを勉強してもらいました。また、開業資金や開業後の資金繰りなど、お金に関することは香川県の創業支援窓口に相談。私自身は、地域の異業種交流会や勉強会、イベントにも積極的に参加するようにしました。そこで出会った皆さんから、どんな方法で開業にこぎつけたのか、また、販売をどうしているかなど、本当に貴重な情報を教えてもらいました。いろいろな場所に顔を出すことで、商品やサービスを口コミで広げることにもつながったので、それは大きな収穫でしたね。何か有益な情報を得ようという気持ちより、独立を目指す、あるいは独立したばかりの同志と交流することで、精神的にとても楽になりました。
開業資金や資金繰りのことを指導してくださった県の担当者。交流会で販売についての経験を披露してくれたメンバー。そのすべてが良き相談相手でした。何でもいつでも相談できる相手といえば、やはり夫です。
独立当初、想像以上に売れなかったことです。ただ、先輩起業家からは、「これでいけるぞと感じるまでに最低3年はかかるから、その覚悟と我慢が大切」とアドバイスをいただいていましたので、焦る心を落ち着かせるようにしていました。今年でちょうど創業3年目ですが、「なるほど! 3年かかるという話は本当だった」と実感しています。しかしながら、一つ一つの問題に対して慌てずじっくり対処してきたことが、かえって良かったのかと。もともと私は、かなり楽観的というか、のんびりした性格なので(笑)。
地元の産品を使った商品が提供できていること。その商品を喜んでくださるお客様が大勢いること。それが一番ですね。また、ネット販売中心なので、お客様と顔を合わせる機会はほとんどないのですが、目には見えない人とのつながりもかけがえのないものです。というのも、今年(2008年)の7月に、全国ネットのテレビ番組で紹介されたことで、今まで経験したことのないような大量の注文が殺到したんです。注文数に対して製造が追いつかない状態が長く続き、待っていただくことになるお客様にお詫びのハガキやメールをお送りしました。すると多くの方から、「ずっと待っていますので頑張ってください」とか、「わざわざご連絡をありがとうございます。気になさらないで……」などと、励ましやお礼のハガキをくださる方さえも。私たちの石けんを、いかに期待してくださっているかがよくわかりました。これからもお客様一人一人に丁寧な心を尽くした対応をしていこう。いい意味で初心に帰れた気がします。
大切なのは、「これに関してはスペシャリストです」と、胸をはって言える何かを持とうと覚悟を決めることですね。私たちの場合、「藍に関しては誰にも負けません」と、最近やっとはっきり言えるようになりました。開業前にその域に達していなかったのは、ちょっとのんびりしすぎたかなと(笑)。でも、じっくりと時間をかけて育ててきた自信なので、それはそれで良かったと思っています。開業直後のまだ信頼が得られていない時期に、「あなたの商品・サービスの強みは何ですか?」と尋ねられた自分を想像してみてください。もしもその答えに困るようだったら、もっと勉強や経験を重ねて、「自分自身がこれのプロです」と言えるようになるまで、あきらめることなく、ぜひ頑張っていただきたいですね。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報