先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


稲田信二さんの写真

市場改革・農業問題解決に
挑戦する青果卸売業

株式会社トレード / 京都市下京区
稲田信二さん(47歳)

いなだ・しんじ / 兵庫県出身。宝石鑑定士の資格を取得し商社 に就職。青果卸売会社に転職し、10年後に独立。毎日5時起床、 21時就寝。2年前からようやく健康管理に気を使うようになり、 休日は妻と早朝テニスでリフレッシュ。"本質を見極める"が信条。

独立準備のがんばりどころ

これまでの青果卸売市場の常識に疑問を感じ、市場改革を目指し始める

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朝6時から取り引きを始め、15時に終業。午前中のオフィス内は市場さながらの活気。社長室はあえて設けず同じフロアに。もちろんここに野菜はひとつもない
 
 

数千万年もの歴史を感じる鉱物学への興味から、宝石鑑定士の勉強をして商社に入社。ところが、バブル景気が崩壊したことで、景気に左右されるビジネスに虚しさを感じてしまった。もっと人にとって身近で必要性が高く、時代や景気に左右されない仕事に携わりたい。それは食べ物、野菜だと、青果卸売会社に転職。すぐに、売り買いのスピードの速さ、市場の活気、人間にとって必要不可欠である農作物の流通にかかわれる喜びに魅せられました。ですが、少しずつ業界の矛盾というか、問題点を感じ始めたのです。これらをどうにか改善できないだろうかと考えるうちに、もう自分でやるしかないと思えてきたんですよ。

しかし当時、私のポジションは営業部長で、すぐ退職できる立場でもありませんし、得意先に「独立しますからよろしく」と話すわけにもいきません。退職して1週間後に会社を設立し、その段になってやっと市場へ出向き、「実は独立しました」と営業を開始したのです。独立を考え始めてからその間1年くらいは、自己資金が少なくても可能な事業にするため計画を練り、支払い期間や方法はどうするかなど具体的な方法を考えていました。

商売の基本的な理念を最優先に、現実的なビジョンを立てて地道にアプローチ

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現在、全国約200の市場と取り引きがある。スピード勝負なので、同時に2つの電話を巧みに使うのも日常茶飯事。数千万円の商談が一瞬で決まっていく

開業準備は、とにかく緻密な計画を立てることに徹しました。"約束を守る。できないことは言わない"という商売の基本をベースに、支払いを遅らせないことが第一だと。この事業の一番難しいところは、スピードが速いことなんです。商品を仕入れてから支払いまで最短3日。つまり、買うと決めて、伝票を起こして、チェックして、送金予約して、仕入れ先に入金。それをわずか3日の間で行うと。信用を得るには、短いサイクルでいかに正確な決済処理をするかが勝負。資本金1000万円なんて、1日の支払いですぐに消える金額なんです。少ない自己資金でも安全な取り引きができることをお客さんにていねいに、しかも正直に話すことからスタートしました。

市場は5時からスタートします。同業他社は7時から営業開始ですが、私は1時間前の6時から営業を開始しました。当社は後発のベンチャー企業。“実績がない=信用ゼロ”からのスタートですから、少しでもほかより早く動くしかありません。しかも、これまでの青果市場の常識を覆すわけですから。最初は信頼を得るのに苦労しました。ほかの取引先のどこよりも早く支払える仕組みづくりが必要だと感じ、営業活動と並行してシステムづくりに取りかかりました。

システム&ネットワーク構築で信頼と実績を重ね、日本の将来を見据えた事業展開へ

当社のオフィスがある京都リサーチパークには、いろんな企業が入居しています。共同の休憩室で会った顔なじみのITベンチャーのシステム開発技術者に、雑談まじりに自分の思う事業構想を相談してみました。その雑談がきっかけとなり、1年かけてシステムを構築。その完成により、より早く正確な決済処理ができるようになって、信頼も実績も増え、取引先がぐっと広がりました。

その後も段階を追って、関連事業を展開。まずは、一定の温度と湿度で鮮度を保つ、365日24時間オープンの物流センターを立ち上げました。青果は何より鮮度が重要なのに、ただの倉庫にそのまま保管しているのは問題だし、日・祝日は出入りできないなど利用時間が限定されていることも不便に感じていたから。また、水耕栽培により、一年中一定価格で供給できる野菜工場を京都の亀岡につくりました。これは農家の高齢化問題、天候に左右される出荷量、安価な海外からの輸入品の増加など、日本の農業の将来、食の安全性への不安から必要性を感じたから。さらに、高齢者が店へ出向かなくても新鮮で安全な野菜を買える通信販売による直販事業もスタート。今後は、当社の物流センターや野菜工場を全国に広める計画です。その時々で、自分が疑問に感じ、変えたいと思う業界の常識に挑んできました。すべてに共通する基本スタンスは、もっとこうしたらいいのに、という問題意識。そして顧客至上主義で考える改善策の実行につきます。

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 笹木 淳

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    10年間、青果を取り扱う卸売業で営業を担ってきました。徐々に、既存のシステムに疑問を感じ始めたのが独立のきっかけです。たとえば大根。豊作だった地域の市場では安く売られて、さらに余って捨てられてしまう状況なのに、不作だった地域の市場では品不足で高騰しているんですね。市場間の需要と供給のバランスが悪く、地域格差が生じているのです。せっかく農家の方たちが努力して育てた農作物が生かされていない。そんな流通システムを改善したい、市場と市場の間をネットワークでつなげる仕組みづくりが必要だと考えて、独立を決意しました。

  • 開業資金は?

    会社の資本金は1000万円で、開業資金としては800万円です。事務・設備費用で200万円を使い、600万円の運転資金を確保しました。開業資金とは別ですが、独立後すぐに構築した決算システムの開発に1000万円ほどかけています。リースにしたので、一時的な大きな出費というものではありません。 ちなみに、ここ京都リサーチパークで会社を設立したのは、やはり京都中央卸売市場のすぐ近くだというのが大きな理由です。仕事先でもあり、卸売市場のあの活気が好きでしたから、身近に感じていたかった。それと、京都リサーチパークにはベンチャー企業が多く入居しているので、志気も上がるんじゃないかと。実際に、決算システムの開発の際には、この地の利を実感しました。

  • 開業資金はどう集めた?

    会社員の時から貯めていた貯蓄です。

  • 周囲の反応は?

    家族はたぶん(笑)賛成してくれていたはずです。会社員時代から付き合いのあるお客さんには、退職してから知らせたので最初は驚いていました。

  • 不安だったことは?

    これまでの自分の経験から考えた事業計画の中身が、本当に現実的なのかどうかが一番不安でした。8月に会社を設立して翌年の3月末に8カ月の変則決算をしたのですが、その時に売り上げ20億円という数字を見て、初めて、安心したというか信用が得られたことを実感できました。それでも、支払いで自己資金なんてすぐになくなってしまうものです。いかに自己資金が少なくても可能な、安心な取り引きができる事業なのか、それを得意先が受け入れてくれるかがスタート時の問題でした。これはもうていねいに説明するしかありません。幸いにも受け入れていただき、正直すぎるほど正直に具体的な説明をしてきたことが良かった。ええかっこしいでいいことしか言わない人もいますが、僕らの正直さが信用につながったのだと思っています。

  • 役立った情報源は?

    これまでの会社員時代に自分が経験してきた商いの基本が何より役立っています。正直であること、約束を守ること、その積み重ねで信頼は得られるのだと実感しています。そのほかには、信頼のおける会計機関、現在は金融機関や監査法人、コンサルタント、また、取引先からの情報も役立っています。独立してから2、3年後に、知り合いの紹介で経営セミナーにも参加しましたが、経理や財務などのテクニカルな情報だけであまり役に立ちませんでした。僕としては経営の本質を知りたかったので。

  • 相談相手は?

    やはり家族です。経営のやり方については、独学で学びました。それと、京都リサーチパークに入居しているベンチャー企業の人たちともよく話しますね、会社設立1年後に決算システムを構築した時もそうですが、共同の休憩室があるので、雑談まじりに話します。ほかにもITベンチャーの経営者などと、互いの状況や抱えている問題点、同じ経営者としての共通の悩みについて、相談というか話すことは今もたびたびあります。

  • 独立して一番困ったことは?

    困ったというか反省点はいろいろあります。最初の8カ月は後ろを振り返っている暇もなく、立ち止まったらアカンという感じで、後から思うと怖いもの知らずというか横着だったと思うことも。たとえば同じ市場にA社とB社があって、僕らは両社に営業したのですが、「どちらか一方だけと取り引きするのが筋だ」と怒られました。今なら、両社と問題ないように取り引きができますが、当時は勢い任せで説明不足だったと反省しています。それと、困ったというより難しいのは社員教育です。僕も営業が好きで、自分でやったほうが早いこともあるんですよね。でも僕の考え方や、手法を押し付けてはいけない。会社員で管理職だった当時は、数字を見ながら部下を指導していましたが、経営者となれば、社員それぞれの人生、家族の生活まで含めて経営を考えなければなりません。社員一人一人の実力を伸ばすこと、生きがいややりがいを持ってもらえる工夫など、課題であり実践中です。

  • 独立して一番良かったことは?

    社員の人数が増えて、それぞれに家族が増えていくことを見られるのが嬉しいです。平均年齢は若いですが、子持ちも多くて、持ち家率も高い。いち商売人としてみんな頑張ってくれていますから。それと、設立初年度80社だった取引先が現在では200社に増え、関連する新規事業を展開できていることですかね。地道に正直にやってきたことが取引先に受け入れられ、当社の顧客至上主義から生まれたサービスの価値を理解していただけているということですから。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    個人の利益や思いだけではなく、社会的にどう意義があることなのかが起業するうえで重要なポイントだと思います。その考えをもって起業すれば、そんなにぶれることはありません。社会的に意義があること、自分が正しいと思うこと、その可能性に挑戦してください。もちろん実行するには、綿密な計画が必要ですから、じっくり考えて具体的な計画を練ってください。

設立
2001年8月

資本金
1000万円

従業員数
28人

年間売上高
80億円(2008年3月実績)

アクセス
http://www.tradecompany.co.jp


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