かたおか・あさみ/東京都出身。短大から大学に編入した後、大学院へ。日本文化・歴史を専門に学んだ。修士課程を終え、IT企業に就職。プログラマーとして1年間活動。職業訓練学校でスキルを磨いた後、派遣社員を経て、独立を果たす。
定期的に講師を務める職業訓練学校。片岡さんは、訓練学校でパソコンの技術と講師の仕事と結婚相手をゲット! 現在、夫婦そろってフリーランスとして独立している
大学院時代、ボランティアサークルに所属して、障害のある子どもたちとよく遊んでいました。それもあって、卒業後は福祉の道に進みたかったんです。しかし、ホームヘルパー2級の資格しかありませんでしたし、修士修了まで行った24歳の女性を受け入れてくれる福祉系の企業はなかなかなくて……。それで、まったく畑違いのIT企業に就職したのです。しかし、結果的には良かったと思っています。私は機転を利かせたり、空気を読むのが苦手なタイプ。入社1年目ということもあり、プログラミングだけでなく、お茶を出したり、効率良くコピーを取ったりといった雑用仕事もしなくてはならないのですが、それがどうも不得手だったんです。
それで最初に勤めた会社は1年で退職。プログラミングのスキルをもっと磨いて、雑用仕事があまりない派遣などの技術者としての自分のポジションを高められるのではないか。そう考えて、職業訓練学校に通うことにしました。実際にその後、派遣や契約社員として、営業支援データベースでプログラミングをしたり、ECサイトの更新を行う仕事でふたつの会社に勤務するのですが、2社目は自分が不得意な分野の仕事だったことや、社風も合わなかったようで……。うつ病になってしまい、体調を崩して退職しました。少し休養していたんですね。そうしたら、職業訓練学校時代の講師の先生から「パソコンスクールで講師をしてみないか」と声をかけていただきました。紹介されたスクールの講師は、全員がフリーランサー。そんなきっかけで、私もフリーのパソコン講師として活動を始めることになったんです。
片岡さんの初心者向けWebプログラムの指導は、生徒たちに大人気。同じことを何度も「わからない」と言われても、まったくイライラせず、ていねいに教える
フリーランスでパソコン講師を始めて、1年くらいたった頃のことです。広汎性発達障害をのある子を持つ知人から「子どもを働かせたいと考えて、パソコン教室に通いたいのだけど、障害者手帳がないと障害者向けの職業訓練を受けることができない。現状、手帳のない子どもの障害特性を配慮してもらえるパソコン教室がない」と相談されました。身体障害者を始めとした、障害者手帳を取得している人向けのパソコン教室はけっこうあるんです。でも、手帳の取得が難しい発達障害のある人にとって通いやすい教室が、確かになかった。障害者雇用としてニーズの高い職種は、パソコンを使用した職種か軽作業。パソコンを使える技術があれば、何とか就職できるのではないかと思う気持ちは、私も同じでしたからよくわかりました。発達障害のある人に、必要なサポートを届けたい。そう考えて、パソコン講師を続けながら、発達障害を持つ人向けのパソコン教室開業を決意したのです。
そのための教室は、使用料が安く、かつパソコン機材がそろっている公共施設を活用することに。最初の生徒は先ほどお話しした知人の子どもと、学生時代から障害者支援機関の手伝いをしていた縁を生かして、その機関からパソコンを学びたい人を紹介してもらいました。最初に、配慮してほしいことやパソコンを学ぶ目的をじっくりヒアリング。生徒それぞれがやりたいことを、それぞれのペースで学べるよう、かっちりとしたカリキュラムはつくりませんでした。ただ、発達障害のある人は、たとえば「今日の講座は何をするのか」など、最初に一日のスケジュールがクリアになっているほうがやりやすかったり、集中してひとりで学びたい人も多いんですね。ですので、手取り足取り教えるというよりは、ある程度、生徒自身がひとりで学び、困っている様子だったら声をかけ、アドバイスするという方法を取りました。
うちのパソコン教室で学んだ生徒たちが、就労を決めて卒業していった時が、本当に嬉しいですね。人の役に立っていると実感できますから。ただ最近、教室での成果が出すぎて、生徒数が減少傾向にあるのがちょっとした悩みです(笑)。また開業当初は、生徒の皆さん、就労のためにスキルアップをしたいという人がほとんどでしたが、就労された後も通ってくれる生徒もいて、サークルのような役割を担っていることに気づきました。発達障害のある生徒の皆さんにとって、安心できる“居場所”でもあるわけです。心から、この教室を始めて良かったと思っています。
ただ、技術力がかなり付いていて就労できるはずなのに、就職活動すること自体に勇気が持てず、就労できない生徒もいて……。技術を教えるだけではダメなんですね。そんなことが問題点として浮かび上がっています。今後、行動力を発揮させてくれるようなカウンセラーなど支援をする方々との連携を考えていこうと思っています。また、発達障害のある人は、コミュニケーションに困難を抱えている人も多いんです。近い将来、スキルアップの応援だけでなく、負担のないかたちで仕事ができる、在宅ワークのネットワークを構築したいですね。そしていつか、発達障害を持つ人の親の会や、就労支援を行う機関など、様々な組織、団体と連携して、ハブのような存在になれるよう頑張ります。
最後の勤務先でうつ病になり、体調も崩してしまい、退職を余儀なくされました。半年ほど休息していた時のことです。以前通っていた職業訓練学校の先生が「講師アシスタントをしないか」と声をかけてくださって。やってみようと決意しました。ただ、雇用ではなく、フリーランスという立場で仕事を受けてほしいということだったので、それも面白そうだと。そんな経緯ですから、もとから独立志向が高かったわけではありません。ただ今では、勤め人よりもフリーランスのほうが合っている気がしますね。知人の子どもが発達障害だったことから、障害者向けのパソコン教室も開いたわけですが、それが実現できたのもフリーだから。やりたいことを自分で決められる。これが醍醐味ですね。
フリーで講師を始めた時は10万円くらいです。ノートパソコンとJavaに関する書籍などの購入に使いました。パソコン教室を始めた時は、場所も公共施設を使いましたし、ほとんど資金はかかっていません。
開業資金といっても、10万円ですからね。手元にあった貯蓄を充てています。
家族も友人も驚いていました。いろんな人から、「まみっちょは、接客業や講師業には向いていないよ」と言われましたね。私自身もまったく自信はなかったです。体調を崩して会社を辞めていたので、そもそも会社員に戻れるかどうか不安でしたし。「まずは一度、フリーランスという働き方を体験してみよう」といったくらいの気持ちでした。
病気で半年も寝込んでしまっていたので、体力的な不安と、貯蓄がほとんどなかったことですね。講師業で独立したというのに、人前で話すことも大の苦手(笑)。実際、講師を始めた初日は苦手なネットワーク設定がテーマで、生徒からの質問に答えられず、パニックに陥り、その後2カ月は落ち込みました。後に夫となった先輩講師が温かく見守ってくれて、少しずつ講師として成長していった感じです。パソコン教室を始めた時は、障害のある人とのコミュニケーションに慣れているとはいえ、予想がつかないことが起きたらどうしよう……と、そんなリスクを想定して不安でしたが、今のところ杞憂に終わっています。
技術に関してはJavaに関する専門書をよく参考にしています。開業届けの出し方、確定申告の仕組みなど、独立ノウハウに関しては、スカウトしてくださった講師の先輩たちから、親切ていねいに教えてもらいました。
講師としてスカウトしてくださった恩師や家族、後に結婚することになった先輩講師ですね。あと、私が通っている鍼灸師の先生も。開業方法やパソコン教室の集客方法、確定申告の相談をしたり、あとはグチを聞いてもらったり(笑)。
交渉事をすべて自分でしなくてはいけないことです。最初は自己アピールできる得意分野もなかったですし、コミュニケーションも苦手なほう。自分が不得手な分野の講座を引き受けてしまったり、片道2時間くらいかかる場所まで通うことになったりと、不利な仕事を引き受けてしまうことが当初は多かったです。「依頼を断ったら仕事が来なくなる」という恐怖にさらされていたので。でも、徐々に不利益となる仕事を断ることができるようになりました。
「片岡先生のおかげで、なんとか“Java”が使えるようになりました」とか「今は就職して頑張っています」など、教え子から喜んでもらった時がやっぱり一番嬉しいですね。講座修了時に生徒からメッセージを寄せ書きした色紙をプレゼントされるんですが、いまだに感涙したり、大喜びしてしまいます。パソコン講師は人から感謝され、社会に貢献できる仕事なんだなぁと実感しています。本当に、素晴らしい仕事にめぐり合うことができました。
独立してから気がついたのは「現在の自分に起きていることはすべて、自分が今までしてきたことの結果である」ということです。ボランティア経験も、会社に勤めていた経験も、職業訓練学校で学んだ経験も、これまでに生まれた縁も、すべて今に生かされているのだと思いますし、また、生かせるのだと思います。それに、やっぱり自分が苦手なことで勝負するよりも、得意な分野の仕事のほうが楽しいのは当然です。私はハイテク技術を教えるのは苦手ですし、気を利かせたり、空気を読むのも不得手。でも、初心者向けの技術を初心者に対して、まったくイライラすることなく、辛抱強く教えるのが得意です。短所も土俵を変えれば長所になります。ぜひ、自分の心に素直な独立を目指してほしいと思います。
独立した先輩の体験エピソード&独立支援情報