先輩たちの独立事例集

先輩たちの独立事例集


柏木 珠希さんの写真

鉄鋼業界の常識を覆す
新素材メーカー

株式会社イスマンジェイ/川崎市川崎区
渡邊 敏幸さん(70歳)

わたなべ・としゆき/愛知県出身。工学博士。大手特殊鋼メーカーを定年退職し起業。4年かけ、新シリコン合金「メラミックス」の開発・量産化に成功。工業界から注目を集めている。元気の源は仕事と深夜のDVD観賞で、アクション系海外ドラマが好み。

独立準備のがんばりどころ

42年間の技術者経験を生かし、鉄合金に代わる高機能汎用工業素材を開発

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焼結により鉄合金の3分の1の軽さと2倍の強度となる汎用工業素材「メラミックス」。右は500μの超微粉末製品、左が自社工場で量産化するベアリングボール用素球

自動車、飛行機、産業用機械、建築用設備など、世の中の様々な工業製品に使われる特殊鋼(鉄合金)は、日本の基盤産業を支えています。でも国内で原料は取れず、今や生産拠点も中国に独占されつつあるでしょう。今後もしばらくモータリゼーションが世界経済を支配するのですから、国内工業界の先行きはおのずと見えてきますよね。それで私は、まだ注目されていない地質に豊富に存在するシリコンを原料に、新たな合金はできないものかとずっと考えていたんです。

今思えば、偶然というより必然でした。65歳の定年退職まであと1年半という時期に、鉄鋼製品製造業を経営する松下昌史氏と訪れたのが、有人宇宙ロケットの耐熱セラミックを開発したロシアの国立材料工学研究所。そこでたまたま燃焼合成技術でシリコン合金の精製が可能かもしれないと聞きつけました。これは面白い、新事業にしようと、帰国後さっそく会社に提案。しかし乗り気じゃない。「そもそもシリコンはセラミック材料で、陶磁器は落下により破損する、そんなものが鉄合金に代われるわけがない」とイメージが悪い。しかも「可能かも」という研究段階ではリスクが大きすぎると。確かに基礎研究と事業化までの間には、“技術者が死する谷=デスバレー”と呼ばれるほど、時間も経費もかかり、大きなリスクを伴うんです。でもそれを恐れていたら、技術も経済も発展しない。デスバレーを超えてみせようと、定年退職する半年前に起業を決意しました。

工業化・大量生産できてこそ価値がある。技術者が恐れるデスバレーへの挑戦

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別棟の工場。匠から名付けた、女性だけの“タクちゃんチーム”が製造機械の企画開発から携わり、「メラミックス」ベアリングボール用素球を毎分3000個生産を現実に

ともかく研究に費用がかかりますから、会社登記は知り合いの公認会計士に頼み、アパートの一室を借りて、必要最低限の状態でスタート。さっそく金属シリコンを500μまで粉砕する技術開発に取りかかりました。これまでの経験から、素材の強度を上げるには結晶の超微細化しかないと知っていましたから。この完成まで2年かかり、次に取り組んだのが燃焼合成装置の開発です。ここがまさにデスバレーでした。燃焼合成は自らの発熱で材料が合成できるのが長所ですが、熱が熱を呼ぶため危険性が非常に高く、防爆室を設けるとなるとコストもかかる。そんな危険で高価な装置は工業用になり得ません。神奈川県産業技術センターの協力と、燃焼合成のエキスパートである桜井利隆氏が新たなメンバーに加わってくれて、ようやく制御型燃焼合成装置が完成。アパートの一室から現在の場所に移転し、工場も設置できたのは設立から4年後でした。

そして、金属シリコンを主成分に、メタルのような強さと量産性、セラミックのような非磁性体と軽さを持つ新合金「メラミックス」を誕生させたのです。鉄合金の2倍の強さ、3分の1の軽さで、既存の自動車に使うと燃費が10%向上します。製造工程も省エネでCO2の排出もない。想定できる市場も規模も幅広いので、今後の展開が楽しみですよ。

公的な補助金申請に8回落選。経験と信頼、執念が実を結び、量産体制を確立

「メラミックス」の主原料となるシリコンは、大学と海外企業との連携で、サハラ砂漠のケイ石から安く大量に入手できるルートと精製ラインを確立中。さらに、シリコン還元用の木炭を確保するため、エジプトのアスワンの地20haにモリンガの木を植林し、緑化も兼ねたプロジェクトも始動しました。年内には自社工場で月産3000万個の「メラミックス」ベアリングボール用素球の量産が稼働します。

ここまで研究開発や工場設置には莫大な費用がかかりました。前の会社に一切頼らず、最初の2年間の研究開発で資本金1500万円も使い果たし、4年間も無給で、公的機関の補助金申請では8回も落選しましたが、乗り越えられたのは様々な支援があったから。偶然、東京のレストランで出会い、エンジェルになっていただけた金星(株)の社長を始め、大手機械部品メーカー2社、航空機関連企業など複数の企業トップが投資してくれたのです。あわせてベンチャーキャピタル3社からも投資。私が在職中に付き合いがあった人たちからの投資が多いですが、とはいえ常識で考えても、信頼関係だけで総額15億円もの投資は集まりませんよ。後ろ盾になる大企業もなく、前代未聞なシリコン合金の量産化に、アパートの一室で執念を燃やすベンチャー企業ですから。それでも協力と成功を勝ち得たのは、懸命なプレゼンとフットワークで確実性をうたい続け、自己資金も投資金も惜しまず投入して現物化してきた行動力、そして何より鉄合金に代わる「メラミックス」への技術的期待を、有形無形で支持くださる多くの協力者のお陰だと思います。

取材・文 / 岡部 恵 撮影 / 依田 佳子

ちょっと気になる10問10答

  • なぜ独立した?

    執念です(笑)。特殊鋼に42年間携わってきて、素材、鉄鋼、業界、ものづくりの問題点も課題も知り尽くしているし、鉄合金に代わる新たな工業用素材を生み出したいとずっと考えてアイデアを温めてきました。たぶん定年退職後、好きなように研究させてくれる大学や研究機関もあったでしょうが、論文発表では意味がない。要は工業化、大量生産しないと。みんなが恐れる“デスバレー”に挑戦するには、自分で会社を起こすしかないと考えたのです。誰もが信じなかった、幻といわれたシリコン合金を開発し、さらに工業化してみせようと、20年来の付き合いがある松下昌史氏とふたりで決意しました。

  • 開業資金は?

    開業資金は2030万円です。そのうち資本金は1500万円で、これはすべて研究開発費に充てました。そのほかの内訳は、アパート賃貸料15万円(月)、パソコンとソフトで50万円、プロジェクター40万円、携帯電話10万円、多機能電話(スキャナー、印刷、ファクス機能付き)5万円、電話回線加入費10万円、ロシアや台湾などの出張の航空機費用約100万円、経費300万円です。

  • 開業資金はどう集めた?

    少しの退職金と貯蓄、足りない部分は借金です。

  • 周囲の反応は?

    会社勤務時代は若い頃から好き放題してきましたから、「渡邊がまた変なことをやりだした」と思っていた人もいたんじゃないかな(笑)。神奈川県産業技術センターの馬来所長は元自動車メーカーの研究所長で、在職中に仕事の付き合いがあり、「面白そうだ」と協力してくれました。が、ほかの研究機関や業界では、そのほとんどが「そんな夢のような新素材ができるわけがない」と信じてくれませんでした。公的機関への補助金申請では8回も落選していますし、制御型燃焼合成装置が完成して量産化のメドがついた後でさえ、JST(科学技術振興機構)には補助金申請を却下されましたから。

  • 不安だったことは?

    不安を感じたことなんてありません。その前に、問題をどう解決するかを考える性格ですから。問題に気づけば、アクションを起こすだけですよ。

  • 役立った情報源は?

    42年間ずっと特殊鋼ひとすじでしたから、その経験と実績、社外の人脈、そしてインターネットです。会社設立当時は、金属シリコンを500μまで超微粉末化する協力会社を探すために、1日何万件もインターネットにアクセスしていました。

  • 相談相手は?

    特にしませんでした。私の場合は相談ではなく情報交換ですね。一緒に会社を立ち上げた松下さんともそうです。ふたりの職歴を知っている人から見れば、技術畑の私が開発研究、営業畑の松下さんが営業で分担していると思うでしょうが、そんな非効率的なことをやっていられない(笑)。私は考えが浮かんだら即行動するタイプで、そこでやり残した隙間を地道に埋めてくれるのが松下さん。互いに持ちつ持たれつで、120%信頼し合っています。だから相談などしなくても通じる。たとえれば、「へたな女房よりよっぽどいい」関係です(笑)。

  • 独立して一番困ったことは?

    問題だったのは資金調達ですが、困ったわけではありません。資金が足りない状態とは、問題であり、課題なだけでしょう? 課題をクリアするためにはアクションを起こすしかないし、突然にして資金が足りないと気づくものではないからね(笑)。何カ月か前に、そろそろ動いておかなければとわかるんだから困りませんよ。最初の2年間で資本金も使い果たし、公的機関の補助金申請も却下され続けましたが、常にアクションをしてきたことで縁もつながり、投資してもらえて乗り切れました。

  • 独立して一番良かったことは?

    今、めっちゃハッピーということ(笑)。70歳なんて普通はご隠居の歳でしょ? 会社員の時も好きなことやって、それなりにハッピーでしたが、自分の会社じゃないからね。ゼロから起こして、デスバレーを越えて、みんなも期待してくれて、生き甲斐を持って面白い仕事に打ち込んでいる。こんなハッピーな70歳はそうそういませんよ。先日も大学での講演で言いましたが、「長寿国ニッポンなのだから、これからますます定年後の第2の人生のスタートを考えておくべき。就職先は、第2の人生が開けるような仕事に就けるかどうかで選びなさい」とね。つまり、同じ業界にずっといれば、おのずと雇われの身ではできない、独立して挑戦したくなるものが見えてくると思うんです。

  • 独立を志す人へのメッセージ

    投資を受ける場合は、持ち株比率に変動が生じないように必ず株価を引き上げること。会社の価値を下げてまで、資金欲しさに安易な投資話に応じないことです。それとPCを駆使すること。ものづくりのベンチャー企業の場合は特に、現物がない状態でビジネスプランをアピールしなくてはならないでしょ? 現実にないものをいかに現実的に伝えるか。そこで活躍するのが「パワーポイント」ですよ。ビジュアルのほうがわかりやすく印象に残るし、理解させる速度も速く、英語圏以外の交渉相手にも伝わりやすい。私はパワーポイントが大好きで、寝ていても夢に画面が出てくるほど(笑)。プレゼンで失笑を買うほど凝っているんです(笑)。でも、伝わりますよ!

設立
2003年2月

資本金
5億円(設立時1500万円)

従業員数
17人

年間売上高
1億円(2009年1月見込み)

アクセス
http://www.ismanj.com/


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