起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」は、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
いきなりですが、クイズです
(1)ゼネラルモーターズ
(2)フォード・モーター
(3)クライスラー
さて、答えとその理由はわかりましたか?
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
先日、とある週刊誌の記者が私のところに来て、「トランプ大統領は日産自動車のことを攻撃するか?」と聞いてきました。
たしかに日産自動車は、メキシコ国内に工場を建設する予定を立てています。トランプ氏の圧力によるものか、既にトヨタ自動車が今後5年間でアメリカに1兆円を投資するという報道もあり、そうなると「次は日産自動車ではないか」と考えてしまうのもわかります。
しかし私は、彼が日産自動車を叩くことはないと思います。それはなぜでしょうか。
この日産自動車の話は、先ほどのクイズのヒントでもあります。「着眼点を鍛えるためにも、よく考えてみてください。
それでは解説します!
トランプ氏のことを「勝手気ままな暴君」と見ている人も多いかもしれません。実際、新聞やニュースではそのような扱いで日々報じられているようです。
しかし、彼はご存じの通り経営者であり、ビジネスパーソンです。交渉によってのし上がり、地位を築いてきた人ですから、「交渉相手からいかに有利な条件を引き出すか」において非常に長けた人物です。
そう考えると、彼の行動の裏が見えてきます。つまり、彼の持つビジネス意識を働かせて、「見返りのあるところ」だけを叩いているのではないか、という仮説が立てられます。
つまり、彼の行動には打算があるわけです。まずはそこに気付けるかが大事です。
そして、その行動パターンに何か原理原則が必ずあるはずだと考えられれば、答えはすぐそこです。
トランプ氏の行動の裏にある「原理原則」とは?
実は彼が叩いているのは、「けんかしても簡単に勝てる企業」ばかりなのです。自動車メーカーでいえば、たとえばGMは2009年には倒産し、その後国有化されています。フォードも、1903年の創業から今なお一族支配が続く、アメリカを代表する自動車メーカーです。アメリカ企業だから大統領の権力を行使しやすい。「国外に出ていくんじゃないぞ」と圧力をかけられているわけです。それはアメリカ政府が軍需で得意先になっているボーイングやマクドネル・ダグラスといった航空会社に対しても同じです。
なぜかというと、彼の打算の内にあるのが「アメリカ国内に雇用を生み出すこと」だからです。
どれだけアメリカに投資させて、国内に雇用を生むか。それを第一に考えているわけです。だから、雇用を生むというゲームの中で、「けんかを仕掛けたら雇用を生んでくれる人」だけを攻撃しているのです。
同じ自動車メーカーでも、メルセデスやBMWといったヨーロッパの企業を叩こうとする動きは見えません。叩いたところで、ただけんかになるだけで見返りがないからでしょう。そういうところを、彼はよく考えています。
けんかを仕掛けたら本当にけんかになる相手を、トランプ氏は賢く避けています。だから、フランスの自動車メーカー・ルノー傘下の日産自動車にけんかを吹っかけることは、彼の原理・原則からないのではないか……というのが私の考えなのです。そして、ビッグ3の中のクライスラーも、リーマンショックで痛い目に遭い、現在はイタリアの企業・フィアットの傘下に入っていますから、彼の攻撃対象ではないわけです。
ちなみに、トヨタ自動車はなぜ攻撃を受けたのかといえば、メキシコ、中国と並んでアメリカ人の雇用を奪っていると彼がアピールしている日本の象徴であり、中国企業と違って叩いてもけんかにならず、しかもすぐにお金を持ってきてくれるからでしょう。きちんとした打算が働いているわけですね。このあたりもビジネスパーソンとしてのトランプ氏のしたたかさです。
世の中の法則やルールを自分なりに考えてみよう
いかがでしょうか。トランプ氏のように勝手気ままにやっているように見えても、実はその裏に原理・原則があるわけです。そういう着眼点を持って情報に接することができるかが、戦略的に物事を考えられるかどうかの境目になるのです。
要は、新聞報道やニュースだけを見て、「これは大変だ、日本の企業は皆やられてしまうぞ」と思ってしまうのか。それとも、そこに思考を働かせて、彼はどういう理屈で動いているのか一歩踏み込んで考えられるか。それによって、ビジネスチャンスの掴み方は変わってくる、ということですね。
世の中の法則性、ルールを自分なりに考えてみることは、思考のトレーニングになりますので、他のことでもぜひ試してみてください。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「(3)のクライスラー」が正解です。現在はイタリア・フィアット社の傘下にある(3)は純粋なアメリカ企業ではなく、叩いたらEUを怒らせるかもしれないと考えているため、トランプ氏の攻撃対象になっていない、というのが理由でした。
経営戦略コンサルタント
百年コンサルティング株式会社
代表取締役
鈴木貴博