室井 摩耶子さん(95歳)
VOL.167今なおコンサート続行中。現役最高齢のピアニスト
何か足りないと思ったら、
ぶつかっていくしかないの。
地
三連音符というのは、非常に複雑なものを持っているのね。ベートーベンの『月光』にしても、四分音符にしてタタタタと引いたら、何とも味気がなくなっちゃう。このリズムの複雑さを本当に発見するのは、演奏家でも時間がかかります。でも、見つけるとうれしくてしょうがない。
若い頃、自分の音楽には何か足りないと思っていました。外国から来た演奏家のを聴くと、もうまるで違う。楽譜どおりに弾く、フォルテといったら強く、ピアノといったら弱く弾く。私はそれだけでした。20代の頃は「現代音楽の室井」と言われて評価もされましたが、やはり何かが足りません。
私はそれを、うやむやにはできなかった。足りなかったら、ぶつかっていくしかないわよね。それまでのキャリアを捨てて、ドイツに留学したのが35歳。人より10年遅い留学でしたけど、おかげでやっと分かりました。自分には音楽を読み解く「音楽文法」が足りなかったんだということが。ある音がある音へ行きたがっている。作曲家は休符1つに、これだけの感情を詰め込んでいる。音楽は詩であり小説であり、戯曲でもある。そういうことがわかると音楽が本当に面白くなる。譜面を開くたび発見が続くのです。最近はハイドンに夢中。子供たちの練習曲だなんていう人もいますが、もうすごいんだから。
今も毎日4時間、ピアノを弾いています。演奏のほうは、1日2日休むとダメね。頭から指の先、出した音から耳へと、非常に繊細な経過で音楽は生まれるものだから、神様が「サボっちゃだめよ」と言うのね。「これだ」という演奏ができて、お客さんからとても素敵だった、心に染み込むようだ、うちに帰ってもまだ音が響いています、なんて言われようものなら、私は天にものぼらん気持ちになる。それで神様に「まだやることがあるから、もうちょっと生かしといてね」とお願いしてるわけ。
アントレ2016.秋号 「定年無用!独立老師が語る退かない人生」より