起業家、経営者にとって大事なのは、世の中を見抜く力です。1つの事象をどう捉えるかで、ものの見え方も、そこから得られる情報も大きく変わります。そうした「着眼点」、実はトレーニングによって鍛えることができるのです。累計20万部を超えるベストセラーとなった『戦略思考トレーニング』シリーズでおなじみの経営コンサルタント・鈴木貴博氏に解説してもらいましょう。
経営者に必要な「着眼点」の鍛え方 第88回・日本人はポイントが大好き
いきなりですが、クイズです!
さて、ここからがクイズです。彼は一体何のためにこの植物ミートを開発したのでしょうか?
クイズの答えの中に、着眼点を鍛えるポイントがある
日本でも植物ミートをメニューに取り入れるお店が出始めていますが、すでにアメリカでは非常に大きなブームとなっているようです。
なぜそこまで関心が高まっているのかというと、「おいしくなったから」だといわれています。
植物ミートが最初に登場した時は、「動物由来ではなく植物由来なので、健康に良い」と注目されました。一方で、あくまで代替品であり、本物のお肉の味に劣るのは仕方がないというのが、植物ミートの位置付けでした。
しかし、今回取り上げたインポッシブル・フーズ社では、お肉を徹底的に研究・分析した結果、ジューシーさを再現するために大量の油を入れ、さらにお肉が焼けた時の食欲をそそる匂いは香料を使って再現するなど、本物さながらのおいしい植物ミートを完成させたのです。
いうなれば、従来の植物ミートに比べて「不健康なもの」にしたことで、おいしい大豆ミートが完成した、というわけですね。
それでは解説します!
さて、創業者であるパトリック・ブラウン氏はこの植物ミートを何のために作ったのでしょうか。健康のためではないことは、先に述べた内容からもお分かりでしょう。
実は、「地球温暖化対策のため」なのです。
地球温暖化を引き起こす温室効果ガス(二酸化炭素、メタンガス、一酸化二窒素、フロンガスなど)を減らすために、自動車や飛行機を利用しない・化石燃料を使わない、などの地球規模での取り組みがありますが、実際はそれだけでは微々たる効果しかないといわれます。
その根拠となっているのが、「地球温暖化係数」という、二酸化炭素を基準にしてどのくらい地球温暖化に影響があるかを示す数値です。二酸化炭素を1として、メタンガスが25、一酸化二窒素に至っては298ということで、二酸化炭素よりもメタンガスや一酸化二窒素の削減に取り組むことの方が、温暖化対策のためには圧倒的に効果があるというわけですね。
さて、昔から「牛のゲップは地球環境に良くない」という話があります。牛が食べた草を反芻すると胃の中でたくさんのメタンガスが発生し、それがゲップとして体外に排出されると地球温暖化が加速する、という議論です。
まさに彼の主張は、二酸化炭素よりもメタンガスの方が25倍も温暖化に影響があるという前提から、「化石燃料を削減したりすることよりも、牛を減らすことの方が地球温暖化対策として大事だ」ということなんです。
とはいっても、それをまともに掲げたところで、畜産業者を筆頭に多くの業界から反発があるのは目に見えています。そこで、牛を減らすためにできることを考えた結果、植物ミートの開発に着手した…というわけなのです。
牛を1頭育てるためには、その体積の25倍の量の大豆が必要だといわれます。ということは、もし牛肉を大豆に置き換えることができれば、牛が減るだけでなく大豆の消費も従来の25分の1ですみます。
「大豆ミートを普及させれば、牛を減らすことができ、地球温暖化対策にもつながる」という信念が、結果的においしい大豆ミートを生み出すことにつながり、ビジネスとしての成功も導いたということですね。
実現するための「別の方法」はないか?
今回のポイントは「ものの見方」と「戦略」です。
彼のとった方法は極めて戦略的といえます。つまり、「地球温暖化対策として牛を育てないようにしよう」といくら繰り返しいっても、それがたとえ本当のことであったとしても簡単に実現できるとは思えません。
そこで彼は物の見方を少し変え、違った方法で実現できないかを考えたわけです。
結果として、彼は活動家としても大成功しているわけですし、起業家としても大きな成功を手に入れることができています。
まさに戦略家として最高の成功例といえるかもしれませんね。
固定概念にとらわれない商品開発
商品開発という観点では、大豆ミートはまだまだ価格面がボトルネックのようで、牛肉の3倍くらいの値段だそうです。
しかしそれも今後、量産できるようになれば安くなるでしょうし、遠くない未来に、本物のお肉よりも安い植物ミートが簡単に買えるようになるかもしれません。
何より、「植物ミートは健康に良いものでなくてはいけない」という発想で考えなかったことが、油を大量に入れた不健康でおいしい大豆ミートを実現させたのだとしたら、固定概念にとらわれないことは大事だとあらためて考えさせられますね。
最後に、もうお分かりだと思いますが、冒頭のクイズの答えは「地球温暖化対策のため」でした。ちなみに、「カップヌードル」に入っている謎肉は、豚肉と大豆由来の原料を混ぜたものだといわれています。ロッテリアでも大豆ミートを使った「ソイ野菜ハンバーガー」を販売していますし、今後、植物ミートは日本でも広がっていくかもしれませんね。
経営戦略コンサルタント
百年コンサルティング株式会社
代表取締役
鈴木貴博