所有と経営の分離が行われていない企業においては、経営者(オーナー経営者)主導のもと、状況に応じた経営体制の再構築が行われています。
そして、そのときの経営権(経営に対する影響力)のバランスを変える手段として、株式譲渡が行われることがあります。
今回は、株式譲渡を行う側・受ける側のメリットとデメリットについて解説します。
「株式譲渡」とは
株式譲渡とは、株式を保有する者が第三者に対して、「株主としての権利」の一部または全部を契約に基づいて移転することを言います。主に、非上場企業のオーナー経営者や株主が行うことです。
株式譲渡を行う理由
株式譲渡は、一般的に以下のような理由によって行われます。
1.事業後継者の経営権を確立する
事業承継を行った後は、後継者が経営の実権を握らなければなりません。
そのために、現在の経営者(オーナー経営者)から後継者に対して、後継者自身が掲げた経営の方針を株主総会で否決されないだけの株式を保有させるために株式譲渡が行われることがあります。
2.取締役の経営に対する参画意識を高める
経営に対する参画意識を高めるために、オーナー経営者が保有する株式の一部を特定の取締役に譲渡することがあります。
会社の業績が良くなることで配当を得られることなどが、株式を譲渡された取締役に対するインセンティブとなります。
3.従業員の経営に対する参画意識を高める
従業員の経営に対する参画意識を高めるために、従業員持株会を通じてオーナー経営者が保有する株式の一部を譲渡することがあります。
会社の業績が向上した際に、配当を得られることが従業員に対するインセンティブとなります。
4.M&Aにより株式を移転する
M&Aにより事業を売却する場合は、オーナー経営者の保有する株式が事業を買収した企業に譲渡されます。
どの程度の割合の株式を譲渡するのかは、事業譲渡契約のなかで決定されます。
株式譲渡の手続き
非上場企業では、株券を発行せずに、株主名簿に株主の名前と株式の保有数を記載する形で会社の株式を保有することが一般的です。
このようなケースでは、株式を譲渡する側と譲渡される側との間で株式譲渡契約書を締結して、譲渡株式に対する対価の支払いが行われた後に株主名簿の名義を書き換えることで、株式譲渡の手続きが完了します。
株券が発行されている場合は、証明書などの必要な書類をそろえたうえで、株式の名義の書き換え手続きを行います。
株式の譲渡制限
非上場企業の株式に関しては、会社にとって好ましくない第三者に株式が渡ることを防止するために、定款に「株式の譲渡制限」についての規定が設けられていることが多くあります。
このような場合は、定款に定められた株式譲渡の承認手続きに基づいて株式譲渡を行わなければなりません。
株式譲渡を行う側のメリット
株式譲渡を行う側のメリットとして、以下のことが挙げられます。
1.スピーディーに行える
複雑な手続きが不要である株式譲渡という形で第三者に株式を移転することについては、取引先や従業員、債権者などから個別に同意を得る必要はなく、株主名簿を書き換えることで手続きが完了します。
そのため、スピーディーに株式を移転することができます。
2.売却利益が得られる
譲渡時の株価の評価額には「のれん評価(技術力・ノウハウ・ブランドなど、企業価値を高めることにつながっている無形資産に対する評価)」が上乗せされます。
それにより譲渡価格が高くなり、売却利益を得られるケースが多くあります。
3.事業承継問題の解決につながる
現経営者が保有する株式を事業後継者に移転することで後継者の経営権が確保され、事業承継問題を解決することができます。
4.事業存続のための選択肢になる
M&Aにより他社に株式を譲渡することで、譲渡した企業の人材や技術力、ブランドなどの資源を活用して自社の事業を存続させることができます。
株式譲渡を行う側のデメリット
一方、株式譲渡を行う側のデメリットとして以下のことが挙げられます。
本業の所得とは別に課税される
株式譲渡により売却利益が発生した場合は課税されます。
さらに、本業の所得とは別に課税されるため、本業が赤字であった場合も税負担が生じます。
株式譲渡を受ける側のメリット
株式譲渡を受ける側のメリットとして、以下のことが挙げられます。
1.複雑な手続きが不要である
株式譲渡という形での株式の引き受けに関しては、第三者との個別の契約や登記手続きなどが不要であるため、手続きが簡単です。
2.許認可の再申請が不要である
事業譲渡や吸収合併などにより事業を行う母体が変わってしまう場合は、買収した企業が保有していた許認可に関して再申請を行わなければならなくなるケースが多くあります。
しかし株式譲渡の場合はその必要がないので、株式譲渡後はスムーズに許認可に基づく事業を継続させることができます。
3.事業拡大のための選択肢になる
M&Aにより他社の株式を引き受けた場合、買収した企業の人材や技術力、ブランドなどの資源を活用して自社の事業を短期間で成長させることができます。
株式譲渡を受ける側のデメリット
株式譲渡を受ける側のデメリットとしては、以下のことが挙げられます。
1.経営課題を引き継がなければならない
M&Aにより他社の株式を引き受けた場合、買収した企業のあらゆる債務や義務、経営資源を引き継ぎます。
そのことが株式譲渡後の経営のリスクとなる可能性があります。
2.のれん評価が過大であった場合に減損処理が必要となる
株式譲渡時の株価の算定には、のれん評価が反映されます。
その評価が過大であった場合、適正な評価額に修正するための減損処理が必要となり、後々の利益を圧迫することにつながります。
3.株式引き受けのための資金が必要となる
株式を引き受けるためには一定の資金が必要です。
そのために、資金調達を行わなければならなくなる場合があります。
まとめ
株式譲渡は、簡単な手続きで経営の体制を変えることができる方法です。
経営の強化や事業存続のための対策を考えるうえでは、株式譲渡が有益な選択肢となるでしょう。
大庭経営労務相談所 代表 大庭真一郎
東京理科大学卒業後、民間企業勤務を経て、1995年4月大庭経営労務相談所を設立。
「支援企業のペースで共に行動を」をモットーに、関西地区を中心として、企業に対する経営支援業務を展開。支援実績多数。中小企業診断士、社会保険労務士。