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夜しか開かない“新宿・歌舞伎町の保健室”。ニュクス薬局に学ぶ、愛される店舗づくり

夜しか開かない“新宿・歌舞伎町の保健室”。ニュクス薬局に学ぶ、愛される店舗づくり

夜の街、新宿・歌舞伎町。

ここに夜しか開かない薬局がある。営業時間は20時から翌朝9時。

文字通り夜に開店するその薬局の名は、ニュクス薬局。そしてこのニュクス薬局をたった1人で切り盛りするのが、今回お話を伺った中沢宏昭さんだ。

通称「歌舞伎町の保健室」とも言われるこの薬局には、数多くの常連はもちろん、さまざまな“事情”を抱えた患者が来店する。

中には薬を買わず、ただ会話だけをしに来店する患者も少なくないそうだ。

なぜニュクス薬局にはこんなにも人が集まるのだろうか。その理由を伺った。

<プロフィール>
中沢宏昭さん
管理薬剤師/ニュクス株式会社代表取締役

新潟薬科大学卒業後、群馬県太田市にある小児科・内科クリニックの門前薬局と、杉並区阿佐谷にある総合病院付近の調剤薬局で調剤業務を経験。

2014年、新宿・歌舞伎町にニュクス薬局を開局。1人で処方箋の応需や事務を行う。

なぜ薬局は24時間営業をしない? 会社員時代に感じた違和感が、開業のきっかけに

―現在に至るまでの経緯を教えてください。

中沢さん
医療の道を志したのは高校生の時でした。当時はまだ薬局に薬剤師が必ずいる、という時代ではありませんでした。

そんな中「咳止めシロップを乱用する」といった事件が社会問題になり、薬剤師の需要が高まっていったんです。

高校卒業後は薬学部のある大学に入学し、最初は関東から東北にチェーン店を展開する調剤薬局に入社しました。

ただ、自分で独立して薬局を開業する、ということには学生時代から興味はありました。

―現場経験を積むために、まずは会社に入ったと。

中沢さん
それもありますが、その時はまだ独立・開業に興味があるだけで「自分がどんな薬局を開きたいのか」という具体的なビジョンが見えていなかったんです。

そのビジョンが明確になったのは、最初に入った会社で起こったある出来事がきっかけでした。

社内で「夜働く人のための薬局を作ろう」という企画が持ち上がったんです。

当時はまだ、24時間営業するドラッグストアはほぼなく、個人的にもとても面白いなと思っていました。

コンビニだって24時間営業する時代にも関わらず、薬を提供する薬局が夜に営業していないのもどうなのかと。

しかし残念ながら、その企画はあえなく頓挫してしまいました。

―なぜでしょうか?

中沢さん
理由はいくつかあったと思いますが、銀座に出店しようとしたらしく、賃料を始めとする物件との折り合いがつかなかったことが大きな原因のようでした。

しかしここで「夜に営業する薬局をやりたい」というコンセプトが自分の中で決まったんです。

そして夜の街といえば新宿、ということで会社を退職して新宿に引っ越し、そこから8年間阿佐ヶ谷の薬局で働き資金を貯めてきました。

―なぜ引っ越したのでしょう?

中沢さん
まずは自分が将来出店する場所の空気に早く馴染んでおきたかったんですよね。

だから住む場所を変えて、働く場所を変え、開業のための資金を貯めた。

そしてようやく資金が貯まり、満を持して会社を設立したのが2013年、翌2014年にニュクス薬局の営業をスタートしました。35歳の時のことでした。

患者の顔をきちんと見て、話を聞く。“歌舞伎町の保健室”に学ぶ、愛される店舗づくり

―起業から6年が経とうとしていますが、開業してみていかがでしょう?

中沢さん
新宿・歌舞伎町という場所に店を構えておりますから、来店してくださる患者さまは老若男女問わず、本当にさまざまです。

そしてこの場所柄からか、メンタル系の病を患っている患者さまが多くいらっしゃいます。病院から処方された薬を提供することはもちろん、会話だけをしに来店される方も多いですね。


※キヨーレオピン(滋養強壮剤)をボトルキープされている薬局は、全国でここだけかもしれない…?

―「会話だけをしに、薬局へ行く」というのは、中沢さんの人柄が患者さまの支えになっているからなんでしょうね。患者さまの話を聞く上で、何か心がけていることはあるのでしょうか?

中沢さん
心がけていること、ですか…。

強いて言うなら患者さまの表情を特に注視しながら、お話を聞くようにはしていますね。

まだニュクス薬局を出店する前の話ですが、ある方に認知症の薬を提供することがありました。

その方の親御さんが認知症を患っており、代理で受け取りに来たんです。

認知症の薬とは症状を「治す」ためのものではなく、あくまで「症状の進行を抑える」ための薬ですので、我々としても毎回患者さま(のご家族)に同じ薬を出すという、言ってしまえば「流れ作業になりがち」な業務です。

その方がいつものように来店され、同じように薬をお渡ししかけたのですが、どうもその顔が曇っていて、目線がスッと流れたんです。なんか陰みたいなものが見えたんですよね。

それで私が「お辛くなかったですか?」と一声おかけしたら、何かがぷつっと切れたかのように一気に泣き出してしまって。

そこからぽつりぽつりと、事情を話してくださったんです。

―その、ある種の原体験が、ニュクス薬局で活かされていると。

中沢さん
ニュクス薬局で活かす、というより薬剤師として、患者さまとちゃんと向き合っていかなければいけないなと改めて思った出来事でしたね。

それからマインド・リーディングについてや心理学についても勉強するようになりましたし、どんな些細なことでも、患者さまに何かいつもと違ったことはないか、常に頭の片隅におきながら仕事をするようになりました。

患者さまが話してくださる時は、とにかく「聞く」スタイルを貫きます。もちろん業務中なので、途中に別の患者さまがご来店されて、といったこともありますが、できるだけ話を折らないよう聞きます。

状態やケースにもよりけりですが、話し終えた後で、何かその時に思ったことをできるだけ簡潔にお話します。

それも私の意見を押し付けるようなことはしませんね。

店舗を増やすことに意味を感じないんです―。他人がやっていないことをやるからこそ、価値がある

―近すぎず、遠すぎず。ここにニュクス薬局が愛される、最大の理由があると感じました。より患者さまに寄り添うために、2店舗目を出店する、などは考えていらっしゃるのでしょうか?

中沢さん
いえ、全く考えていません。

私は金銭欲がないので、ただ単にお金儲けがしたくて店舗を増やすことにあまり意味を見出だせないんですよね。

どうせやるなら、他の人がやっていないことをやってみたいなと。

ニュクス薬局を作ったのも、他の人が「夜に営業する薬局をやっていなかったから」という理由が大きかったですし。

いっそ僻地で薬局を作ろうかと思っていたんですが、調べてみると大体僻地にも1件くらいは薬局があるんですよね(笑)。

また私は金銭欲だけでなく、ニュクス薬局に対する独占欲もありません。だから他の人に徐々にお任せできないかと考えています。いつまでも現場に立てるわけではないので、次世代に引き継ぐ事も考えなければなりませんし。

今までは私が1人で切り盛りしてきましたが、自分がいなくなってもちゃんとニュクス薬局が回るようにしていきたいんです。

中沢さん
現在ニュクス薬局は日・月曜日を定休日としているのですが、この定休日をなくそうと思っており今年の10〜11月の2カ月間、試験的に日・月曜日も営業する予定です。

それに伴い薬剤師と事務員を1名ずつ募集しているところなんです。

順応性があり、多様性を認められる方と一緒に仕事ができればと思っています。

ニュクス薬局には、とにかくいろんな患者さまがいらっしゃるので。何かしらこだわりがあったりする人は難しいかもしれません。

自分と違う立場の人にもフラットに接することができる、偏見がない人に来ていただきたいです。

―最後に読者へのメッセージをいただけますか?

中沢さん
まずは独立・開業をしてみないことには始まらないと思います。

そしてやってみると分かりますが、経営というのは想定通りにいかないものです。想定通りに行かなくなった時に、どうブレずにいられるかが重要じゃないかなと。

ブレずにいるためには、自分にとっての価値や軸をはっきりさせておく必要があります。その価値や軸をブラしてしまうと、自分がなんのために独立・開業をしたのか見えなくなってさらに悪循環に陥ってしまいます。

困ったときこそ自分の価値や軸を明確にして、その上でどう乗り越えるかを考え、トライアンドエラーを繰り返していけば、自ずと結果がついてくるのではないでしょうか。

(インタビュー終わり)

歌舞伎町という街は、不思議な魅力を持った場所だ。

昼の世界に生きる人間、夜の世界に生きる人間。男がいて、女がいて。若者がいて、年配者がいる。

取材中「中沢さんから見た歌舞伎町とは、どのようなところか?」と聞いてみた。すると中沢さんは「歌舞伎町は1つの村だ」と答えた。

歌舞伎町の住人たちは、同伴やアフターも全て歌舞伎町内で済ましてしまい、この区画から出ることはほとんどないのだという。渋谷や六本木、銀座など、歓楽街は数多くあるがこういった例は極めて珍しいそうだ。

その話を聞いた時、ニュクス薬局がなぜ“歌舞伎町の保健室”と称されるのか、すっと腑に落ちた。

身体が、そして心が、少し疲れてしまった時に自然と足が向かう場所。ニュクス薬局は、そんな住人たちの拠り所になっているのだ。

独立・開業を考える上で、ニュクス薬局の開業談はとても参考になりそうだ。誰のため、何のために独立・開業をするのか。

職種は異なれど、自分にとっての価値や軸を、今一度考えてみたい。

取材・文・撮影=内藤 祐介

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